1年ぶりの障害戦復帰への道のり──。 ベテラン騎手・熊沢重文

公開日:2023年3月1日 14:00 更新日:2023年3月10日 11:37

昨年、2月小倉で頸椎骨折の重傷

 先週、日曜阪神で池添の笑顔がウイナーズサークルにあった。7Rをスミで勝利した時だ。

 昨年11月26日の阪神7Rで落馬し、腰部破裂骨折の大怪我。そこからの復帰以降、28戦目で待望の初勝利となったからだ。

「焦る気持ちが出ていたので、ようやくひとつ勝ててうれしい」
 
 ホッとした表情もみせ、こう心中を明かした。JRA1338勝、重賞94勝を挙げる名手でさえ、難しさを実感する。微妙なバランスを保ちつつ乗るのが最高時速が60㌔にもなるサラブレッドを御しつつレースをするわけだから、体の中心線の怪我は実戦でフィットさせるまでが容易ではないのだろう。
 
 それが、障害レースともなれば、なおさらではないか。池添が復帰Vを決めた1日前、小倉で1年ぶりに障害戦に騎乗したのが、ベテランの熊沢重文だった。

「レースを見て、どう映った? ダメだ、と思われたら引退しなきゃね(笑い)」 
 
 今週火曜、こう冗談めく姿があった。
 
 熊沢は、平地794勝、障害256勝。オークス(88年コスモドリーム)、有馬記念(91年ダイユウサク)も勝ったJRA通算1050勝の55歳だが、過去のケガは数知れず。休養から瞬く間に復帰することからもジョッキー界の〝鉄人〟と呼ばれているが、昨年2月、騎手生命が危ぶまれるほどの重傷を負っている。
 
 障害通算1684戦目となる小倉・春麗ジャンプSだった。2周目の向正面。ゴールまでラスト2つという1号いけ垣障害で騎乗馬の飛越がやや遠く、着地でバランスを崩して落馬。第2頸椎を骨折し、長期の休養を余儀なくされたのだ。

 騎手人生で最大のケガだった。きついリハビリを経て、トレセン復帰は10カ月後の12月半ば。調教を重ねつつ、汗を流して実戦復帰の機会を待った。常人からすれば、驚異的な回復力だ。ただし、骨折した場所が場所だけに騎乗依頼する側も慎重にならざるを得ず、即、レースというわけにはいかなかった。もちろん、障害馬ならなおさらだ。

 約ふた月のトレセンへの調教通いが続き、平地での騎乗が決まった。2月19日、阪神7Rのハナキリだ。結果は⑨着。

「でも、あそこで競馬の雰囲気、感覚を感じられたのが大きいよね。ズブいけど、レースを作れる馬だったし、位置も取れた。いきなりの障害よりもよかった。乗せてもらった森先生には感謝しています」

落馬レースでの復帰、〝元相棒〟たちとの春競馬

 そして、障害戦への復帰となった。奇しくもというか、因縁というべきか、自身が落馬負傷した春麗JSが1年越しのジャンプレースの騎乗となった。

「レースをする上で恐怖心はどこかにありますね、普段から。それを乗り越え、勝負する時はする。我慢する時は我慢しなければいけないから。そう、ビビったら負け。体は動いていたし、ダテに36年乗ってきたわけじゃないからね(笑い)」
 
 レースは見慣れた〝剛腕スタイル〟。積極的だった。1年前の悪夢を払拭するかのように発馬から押して4番手。流れに乗り、ウインガヴァナーと呼吸を合わせて障害を跳んだ。2周目のスタンド前、7号水濠で水しぶきを上げたものの、10の障害、バンケットを乗り越えてゴール。⑦着だった。

「やっぱり、障害で完走してこそ。少しリベンジできたかな。ただ、最後は盛り返した。水濠でミスしてポジションを下げなければ、もうひとつ、ふたつ上にこれたかな。この状況下での騎乗依頼も勇気がいることだし、西園(正都)先生には本当に感謝し切れないよね」

 今週、日曜阪神4Rはセルリアンルネッタの手綱を取る。そして、来週の阪神スプリングJでは中山大障害、中山グランドJでも連対したケンホファヴァルトが。翌週の中山・ペガサスJSでも4勝を挙げたアサクサゲンキの〝元相棒〟たちとのレースが待っている。

「再デビューしたつもりで、ひと鞍、ひと鞍頑張っていきますよ」

 こう楽しそうに話す。心底、競馬が好きな笑顔があった。

   ◇   ◇   ◇

 最後に熊沢へと騎乗依頼をした西園正師にも聞いてみた。

「1年ぶりの障害だからソロっと乗ってくるのかと思ったら驚いたね。ビッシリと出して行くんだもん。あれが彼のよさ。実績を重ね、人格もいい。あの競馬を見せられたら、また乗せないわけにはいかないよね」
 
 障害復帰戦に続き、ウインガヴァナーのコンビ続戦も決まった。55歳〝新人〟の春は37年前と同じで充実した日々を送ることになりそうだ。

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