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【新連載】競馬の世界に入ろうと思ったきっかけは登校班の班長さん?!

公開日:2026年3月3日 12:00 更新日:2026年3月3日 12:00

 初めまして。

 和田勇介厩舎で調教助手をしている小島良太です。連載コラムの初回ということで、まずは自己紹介をしたいと思います。

 若い方はピンとこないかもしれませんが、競馬を長く続けてきた方には馴染みのある名前が並ぶ家系に育ちました。

 父は元騎手で元調教師の小島太、祖父も調教師だった境勝太郎。ともに「サクラ」の勝負服で有名でした。

 自分で「競馬一家」と言うだけあって、他にも叔父は元調教師の境征勝、従兄弟にはメジロラモーヌ、メジロライアンを担当していた厩務員。僕の兄弟2人、従兄弟もそれぞれ厩務員、調教助手として同じ美浦トレセンで働いています。どうでしょう、バリバリの競馬一家でしょ?

 僕自身は牧場で3年勤めた後、トレセンで働いて早くも31年が過ぎました。

 これまでサクラローレル、マンハッタンカフェ、イーグルカフェなどに携わってきた経験があります。現在は和田勇介厩舎にて、マピュースやアラタなどとともに奮闘中です。

 もともと文章を書くのが大好きな人間。今回、縁があってゲンダイさんから、このコラムのお話をいただきました。もう指がウズウズして、思わず高橋名人バリにスマホを打つ指を連打してしまいそうな勢いです(笑)。ここではメディアには載らない、競馬場内での面白い裏話などをお伝えしていけたら、と考えています。

 競馬一家に育ったこともあり、小学生の頃から競馬オタクではありました。ですが、実はこの世界に身を投じようと思ったのは、祖父でもなく父でもなく、ある人の一言がキッカケでした。

 その人は小学生の時、登校班の班長さん。普段はその人の趣味である野鳥の話しを無理矢理(?)、聞かされながら少年時代をともに過ごしました。

 やがてその人は騎手となり、アッという間にスタージョッキーへと駆け上がっていきました。

 その頃、僕は東京で学生生活を謳歌していました。競馬が終わると僕のアパートに来て、泊まったり、ご飯代からガソリン代、何から何まで世話になりっぱなしでした。

 ある時、お店で「いつもその子を連れて、お金を使ってるね。もったいないお金の使い方だ」と言う人がいました。

 すると間髪入れず、こう言ってくれたのです。

「俺はこいつにナンボ、お金を使っても惜しくはない。子供の頃から一緒にいて、今は学生だけど、いつかこいつは俺の力になってくれる奴だと思ってる」

 一緒に過ごした時間は長いですが、それまで〝卒業後に何をするんだ?〟と聞かれたことはないですし、僕もそれに関して相談したこともありません。

 ですが、その瞬間、初めて「競馬の世界に入ろう!」と心の底から思ったのです。

 それから数年が経ち、やがて僕の担当馬に「その人」がまたがり、天皇賞・春を勝ち、有馬記念も制覇しました。

 そうです。「その人」とは横山典弘騎手です。

 当時、あの一言がなければ、僕は恐らく競馬とは全く違う世界で生きていたと思います。

 若かった僕も今年で55歳。典ちゃんも58歳になりました。

 調教助手でこの歳は最年長クラスに片足を突っ込んできました。騎手としての58歳も現役では柴田善騎手に次いで2番目の長老。お互い歳を重ねましたが、どちらかが辞める前にもう一度、一緒に重賞を獲ることが目下の目標です。

 昨年11月、それに挑んだのが福島記念のアラタでした。ですが、残念ながら結果は④着。

 再度、このコンビ戦で挑むのが同じくアラタの金鯱賞(3月15日)です。さて、その結果はいかに……。ぜひ、楽しみにしていてください。

小島良太

調教助手
美浦トレセンで30年以上、馬をつくってきた職人。サクラローレル、マンハッタンカフェ、イーグルカフェなどのGⅠ馬に携わってきた。競馬一族の出身で、交友関係は調教師、騎手、馬主、牧場関係者と東西問わずに幅広い。また、長年に渡って札幌、函館、小倉と長期間の滞在競馬もこなしている。

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