【日本ダービー】皐月賞逃げ切りからのダービー制覇なら97年サニーブライアン以来
公開日:2026年5月25日 14:00 更新日:2026年5月25日 14:00
今年のメンバーで唯一、3冠馬になる資格を持っているロブチェン。まず挑戦することになる「皐月賞&ダービー」の春2冠達成なら、2020年コントレイル以来、6年ぶりとなる。
これまでのJRAの歴史の中で、春2冠馬は24頭出ている。最初の快挙は1941年の3冠馬セントライト。時を重ねて21世紀に入ってからは6頭が達成している。
03年はネオユニヴァースが短期免許で騎乗していたM・デムーロを背に2冠制覇。当時、24歳だった鞍上は、外国人ジョッキーとして史上初のダービー勝利を飾った。
2年後の05年にはディープインパクトが史上6頭目となる無敗での春2冠を成し遂げた。その後、菊花賞も制して、84年シンボリルドルフ以来、2頭目の無敗の3冠馬にも輝いた。
翌06年はメイショウサムソンにより2年連続の2冠馬誕生。さらに、11年にはオルフェーヴルが震災の影響で東京開催になった皐月賞から見事に連勝を決めて、のちに7頭目の3冠馬となった。
15年にはドゥラメンテが今度は“JRA所属”となったM・デムーロを背に2冠馬へ。そして、20年にはコントレイルが父ディープ以来、史上3頭目となる無敗の3冠制覇を成し遂げた。
そんな名馬たちに続く資格を持って2冠目に挑むロブチェン。皐月賞は逃げ切りだったが、このように逃げて1冠目を制した馬がダービーも勝った例が過去にはある。
古くは75年にカブラヤオーが、当時は驚異的とも言われたハイペースの逃げで2冠を達成している。
グレード制導入後では92年ミホノブルボンが無傷の6連勝で、皐月賞→ダービーを制覇。父が当時マイラー種牡馬と思われていたマグニテュードで距離不安もささやかれていた中、皐月賞は2馬身半、ダービーではライスシャワーに4馬身と着差を広げて逃げ切った。
97年にはサニーブライアンが皐月賞で11番人気ながら向正面で先頭に立って、そのままV。ダービーでも6番人気と伏兵扱いだったが、堂々と逃げ切って皐月賞がフロックではなかったことを証明した。
その後は07年ヴィクトリー(ダービー⑨着)、08年にはキャプテントゥーレ(同不出走)が皐月賞を逃げ切ったものの、ダービー制覇まではならなかった。
今年のロブチェンは新馬戦こそ逃げ切りだったが、ホープフルS勝ちは7番手から鮮やかに差し切ったもの。共同通信杯では4番手から③着しているように、ハナにこだわるタイプではない。
主導権を奪って1分56秒5のレコードで制した1冠目から、舞台が替わって果たしてどんな競馬をするのか。史上25頭目の春2冠制覇を狙うレースぶりにも注目だ。


























