重賞プレーバック

2012年阪神大賞典 4冠馬オルフェーヴル逸走

公開日:2025年3月21日 17:00 更新日:2025年3月21日 17:00

実況したアナウンサー舩山陽司さん直撃「大変なことが起きたという未体験の心境にワクワクしました」

 2012年阪神大賞典は特殊な展開が話題を呼び、競馬ファンに語り継がれている。4冠馬オルフェーヴルが3コーナー過ぎからの逸走でまさかの②着に沈んだ、あのレースだ。その歴史的なレースを実況したアナウンサーの舩山陽司さんに、当時の様子を詳しく聞いた。

 2008年5月14日、父ステイゴールドと母オリエンタルアートの間に生まれたオルフェーヴルは、GⅠ3勝のドリームジャーニーの全弟として注目され、2年後の8月に新潟でデビュー。勝つには勝ったが、ゴール後には主戦の池添を振り落とし、ウイナーズサークルでの口取り写真が中止になった。

 気性の悪さが災いし、その後は勝ち星に見放され、管理する池江泰寿調教師は徹底的に折り合いを教え込むことを決断。それが実ったのが皐月賞の前哨戦スプリングSだった。東日本大震災で中山開催が中止となり、地元阪神で行われたレースを大外から内に切れ込みながら差し切った。

 その勝利をキッカケに名馬への階段を着実に上がると、クラシック3冠に加えて暮れの有馬記念までブッコ抜く。2歳時に陣営を悩ませた気性の悪さはかなり矯正されてきたが、菊花賞のゴール後には、またも鞍上を振り落とす。レース後に池添は「僕とオルフェーヴルらしい」と苦笑いしている。

 そんな“暴君”の4歳始動戦が、阪神大賞典だった。単勝オッズ1・1倍と圧倒的な支持を集めるのも当然だろう。その数字が示すように、4冠馬の敗走を予想していたファンはほとんどいなかったが……。

「12頭立てで12番ゲートを出ると、外めの4、5番手につけてスムーズに1周目の3コーナーに入りました。そのまま収まったかに見えたのですが、ホームストレッチに向くと、スーッと前との差を詰めたのです」

故障ではないと判断。「失速」を3回重ねた

 舩山さんは「逃げるナムラクレセントとの差を詰めて2番手に上がりました」と実況。そのあたりで“異変”を察知したという。

「オルフェーヴルはナムラクレセントに馬体を併せることなく、距離を取ったまま向正面に入ります。後続馬群を描写しながら、向正面中ほどで前を行く2頭に切り替えると、オルフェーヴルが先頭に躍り出るのです。池添騎手は手綱を押さえていませんでしたが、明らかに制御不能で、相棒の気分を損ねたくないという考えだったのでしょう」

“悲劇”が生まれたのはその後。2周目の3コーナー過ぎだった。

「『おーっと、オルフェーヴル失速』『オルフェーヴル失速』『オルフェーヴル失速』と伝えました。場内からは“悲鳴”というか、大きなどよめきが上がったことはよく覚えています。あのシーンを双眼鏡で見ながら、『故障ではない』と判断できたので、『失速』を3回重ねてオルフェーヴルの現状をそのまま描写したのです。後で民放さんのビデオを拝見すると、故障と表現していたところもありましたから、とっさの判断ながらもよかったと思います」

 記者はもちろん、オルフェーヴルから馬券を買っていた。負けるシーンはまったく想像していなかったから、社内で見ていたテレビ映像に向かって「オイ、まじか」と声を上げ、惨敗を覚悟したことを覚えている。

 掛かり癖のある馬はよくいるが、アナウンサーはオルフェーヴルのようなケースも想定しているのだろうか。

「デビュー戦でゴール後に放馬したからといって外ラチ沿いへの逸走までは想定していません。前代未聞のハプニングですが、競馬実況は馬群の状況を見たままに描写するのが基本で、そこにどうやって肉づけするかが腕の見せどころです。たとえば、引っ掛かった馬については、『口を割って先頭に躍り出ました』とか『騎手は手綱を押さえていますが、押さえきれずに』などと伝えます。ところが、そういう描写ができないアナウンサーだと、『スーッとポジションを上げていきます』などと誤解を生む表現になります。オルフェーヴルのケースは、ポジションを上げたくて先頭に立ったわけではありませんから、そんな描写はよくありませんよね」

 失速したオルフェーヴルは馬場の外めを通って後方2番手までポジションを下げる。多くのファンが「もうダメだ」と思っただろうが、そこからが“暴君”のすごさだろう。

 舩山さんは「俄然、色気づいた各馬です」とハプニングに乗じて“金星”を狙うほかの陣営の動きを伝えると、オルフェーヴルが外を回って盛り返す姿に焦点を当てる。

「4コーナーでは3番手まで位置を上げて、直線では先頭に立とうかという勢いでした。レースの焦点はハッキリとオルフェーヴルに集まりましたから、『何と、あのロスがありながら、オルフェーヴルが先頭に立とうとしています』と伝えながら、じっと内で我慢していたギュスターヴクライを描写。『ロスなく競馬をしたギュスターヴクライが先頭』と2頭へのフォーカスに切り替えました。結局、『ロスなく運んだギュスターヴクライが制しました』と結んでいますが、あれだけのロスを挽回して半馬身差にまで迫ったオルフェーヴルは、いま思い出してもすごいレースでした。常識を超えた馬です」

実況が全責任を負うやりがいと楽しさ

 1999年に25歳でラジオNIKKEIに入社してから13年目。入社当初は短距離戦を好んでいたが、30歳くらいから長距離戦の方が楽しく感じるようになったという。

「短距離戦はスタートから1頭を描写できる時間は2秒もありません。とにかく短く伝えて、ゴールまで描写すると、“どうだ、見たか”といった達成感がありますが、長距離戦はもう少し馬の様子を伝えることができます。しゃべりながらストーリーができてきて、それが完成するのがゴールです。あの阪神大賞典を迎える前には、ジャパンCや有馬記念といった長い距離のGⅠも経験していて、僕自身とても脂が乗っていたタイミングでした。ハプニングに動揺することなく、冷静に対応しているうちに大変なことが起きたという未体験の心境になりつつも、ワクワクしていったことを覚えています。あのときは周りや上司からも『よく普通の状態でしゃべり切れたな』とほめられましたし、自信がつきました」

 競馬の実況がほかのスポーツと異なることは何か。

「野球やサッカーなどはアナウンサーが試合を描写するだけでなく、解説者に話を振って内容を補足してもらうことがかなりありますが、競馬の実況はすべてアナウンサーひとりでこなすので全責任を負うことになります。しかもラジオNIKKEIはオフィシャルの実況で、全競馬場と全場外馬券場などに自分の声が届きますから、その責任は重い。それだけにやりがいがありますし、楽しいですね」

 ラジオNIKKEIを退職したいまは、門別や盛岡、水沢などで実況を担当する。立教大相撲部出身として、ABEMAでの相撲実況も評判だ。今年の阪神大賞典も、実況に注目しながらレースを見ると、また別の観点から楽しめるかもしれない。

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