あの馬は今こうしている

13年マイルCS④着コパノリチャード

公開日:2024年11月15日 17:00 更新日:2024年11月15日 17:00

北海道・新冠で乗用馬に


「馬場で立ち止まると、飛行機ポーズのファンと写真に収まっています」

 ダイワメジャーを父に持つ牡馬コパノリチャードは、2013年のスワンSを鮮やかに逃げ切ると、GⅠマイルCSでも④着に逃げ粘っている。翌14年、GⅠ高松宮記念Vのタイトルで16年からレックススタッドで種牡馬入りしたが、21年に引退した。いまどうしているのか。

 15年11月のGⅢ京阪杯⑭着を最後に競走馬を引退して種牡馬になったコパノリチャードは、初年度の16年は16頭に種付けしている。翌17年は約3倍増の46頭の繁殖牝馬を集めたが、その年をピークに人気が低迷。21年の12頭を最後に種牡馬も引退し、“第3の馬生”を過ごすことになった。

 GⅠタイトルは高松宮記念のみだが、GⅡとGⅢはアーリントンC、スワンS、阪急杯の3つ。4つの重賞を獲得したリチャードは、果たしてどこにいったのか。

 記者がその行方を探すと、新千歳空港から車で南に1時間半ほどの新冠にいた。競馬ファンには「サラブレッドロード」でおなじみの国道235号から少し内陸に入った、「にいかっぷホロシリ乗馬クラブ」だ。そう、種牡馬を終えたサラブレッドは乗馬に転向したのだ。

 リチャードを担当する吉田真理さんに話を聞いた。

「リチャードがウチにやってきたのは種牡馬を引退した年の7月でした。乗用馬になるため去勢したので、いまはセン馬です。えぇ、お客さんを乗せて元気に頑張ってくれています」

 牧場で生まれたサラブレッドは、馬装や人に慣れさせる馴致や競走馬としての育成などを経てデビューする。引退してすぐ一般の人を乗せられるかというと、そうではなく、乗用馬になるためのトレーニングが必要だ。気性の激しい牡馬は乗馬への転用を機に去勢されることも珍しくない。

「ウチに来る前からいまも乗用馬のトレーニングは続けています。でも、夏はお客さんが多く、1日に5、6回乗せる日がほとんどなので、過重労働を避けるためトレーニングはできません。お客さんが少なくなる秋や冬の方がトレーニングがしやすいですね。競走馬を乗用馬にするには、とにかくゆっくり走ることを覚えさせることが大事。速く走ることは慣れていますから。種牡馬経験がある馬だと、“種付けではない”ことも理解させる必要があります」

 サラブレッドが乗用馬になるまでのトレーニング期間は、経験者が乗れるようなレベルで大体1年ほど。初心者が安心して乗れるようになるには数年かかることもあるという。

 馬術が盛んな海外では、乗用馬専用の品種も生産されるが、日本の馬産はサラブレッドが中心で、リチャードのように元競走馬が乗馬クラブで乗用馬になることが実は多い。そんな中、このクラブは重賞で活躍した馬が数多く在籍したことがあるのだ。

「えーっと、たとえばアブクマポーロ(東京大賞典や帝王賞など)、エイシンキャメロン(デイリー杯やアーリントンC)、クーリンガー(名古屋大賞典、マーチSなど)、ライブリマウント(南部杯、平安Sなど)、ナリタセンチュリー(京都大賞典、京都記念)などがいました。いまいる重賞勝ち馬は、スギノエンデバー(北九州記念)、グランドシチー(マーチS)、ウインマーレライ(ラジオNIKKEI賞)の3頭です」

 競馬ファンにはたまらない顔ぶれだ。そんな重賞で活躍した馬に乗れるのが、この乗馬クラブの醍醐味で、騎乗経験にあわせて複数のコースを用意する。騎乗経験がない、あるいはあっても“ペーパードライバー”の人は屋内の馬場で初心者や経験者のレッスンを受ける。初心者向けは約50分4000円~。

 騎乗経験があれば、近くの森の中を散歩するコースが人気だという。こちらは馬場で馬の操作法を練習してから森をのんびり歩く「体験林間コース」(約50分・8000円)、馬場内での練習ナシで森をのんびり歩く「林間常歩コース」(同)、常歩から速足で森を進む「林間速歩コース」(約50分・9000円)、そして最上級の「林間駈歩コース」(約50分・1万1000円)までの4コース。リチャードもお客さんを乗せて森に出かけるという。

「リチャードが森に出るのは、『速歩コース』までで、『駈歩』には対応できません。駈歩は練習中です。やっぱりGⅠ馬ですからお客さんには人気で、馬場で立ち止まると、デムーロ騎手が高松宮記念で見せた飛行機ポーズのファンと写真に納まっています。デムーロ騎手はあれで制裁を受けましたが、ファンの方にとって飛行機ポーズは人気ですね」

去勢していまはセン馬

 そういえば、競走馬時代のリチャードの馬主・小林祥晃さんを取材したとき、命名の由来を聞いたことがある。
「荒ぶる馬には、英国の暴君として知られるリチャードをつけると決めていて、ヤナガワ牧場に馬を探しに行ったら、『この馬は危ない』と紹介されたんですよ。それで迷いなく、コパノリチャードと名づけました」

 こんな内容だったと記憶している。実際、現役時代は折り合いを欠くこともあり、激しい気性だったが、いまはどうなのか。

ツン多めのツンデレ

「あ、そうなんですか!去勢したので、かなり穏やかになって、レックスの方が訪ねてきたときは『こんなにおとなしくなるんだ』と驚いていましたが、その話、分かります。けっこう、ツンデレタイプなんです。ふだんは、“ツン”の方が多くて、“ツンツンツンデレ”くらいな感じかな。初対面のお客さんだと、慣れないうちはそっぽを向いたりゴネたりして、慣れてくるとおちゃめなところを見せたりするんですよ」

 種牡馬になれる馬は一握りもない。種牡馬成績はともかく、リチャードはいわばキング。そんな競走馬が、かくも穏やかな乗用馬になるのはすごい。どこに秘密があるのか。

「ウチは、馬同士のコミュニケーションをしっかりと取れるように集団で夜間放牧をするんです。夕方から朝まで放牧地で好きなようにのんびりと過ごせば、ストレスがたまりにくいですよね。馬にとっては、それが本来の姿ですから。朝8時に集牧して厩舎に戻ってカイバを食べたら、午後はお客さんを乗せる仕事をしたり、予約がなければ乗馬のレッスンしたり。警報が出るような暴風雨は別ですが、多少の雪でも放牧に出ます」

 かつての“暴君”も、少しの仕事とたっぷりの自由を得て、穏やかな生活を送っている。そんな話を聞いて、記者もリチャードはじめ在籍馬とともに森に出かけてみたくなった。

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