〝降着劇〟06年エリザベス女王杯から17年後の数奇な巡り合わせ(ネットオリジナル)

公開日:2023年3月8日 14:00 更新日:2023年3月10日 19:54

今週デビュー、ヤマニンティンクの持つ背景

 競馬はドラマがあるから面白い。
 
 親子制覇、父子Vなどがその一例。人馬問わず、様々なバックボーンがドラマチックに演出する。それを好む競馬ファンは多い。
 
 今週、日曜阪神4Rの芝マイル戦でデビュー予定の一頭も数奇な運命のもとにある。
 
 名はヤマニンティンク。四位厩舎の明け3歳牝馬だ。

〝ヤマニン〟の冠と聞けば、水色、袖赤三本輪の勝負服が浮かぶ。土井肇氏の持ち馬でヤマニンと言えば、安田記念の連覇、天皇賞・秋を制した〝疾風〟ヤマニンゼファーが著名。ウマ娘でも知られるが、このティンクの母もその一頭だ。阪神ジュベナイルFとなって3年目の03年の2歳GⅠを制したヤマニンシュクルである。

 詳しい競馬ファンなら管理トレーナーの四位師が騎手時代に手綱を握っていた一頭だとピンとくるだろう。スイープトウショウ、ダンスインザムードにダイワエルシエーロ。牝馬豊熟の世代であり、その2歳GⅠでも騎手・四位が勝利に導いた。そのシュクルの仔が四位厩舎からデビューする。
 
 騎手が調教師となり、活躍した馬の子を預かることは、競馬サークルでは特段に珍しいことではない。

 ただし、この馬に〝数奇な運命の巡り合わせ〟があると思えるのは、担当者が調教助手の深川享史でもあるからだ。

ヤマニンシュクルとカワカミプリンセス

 誰!? となると思う。「西浦厩舎」、「猛犬注意」のワードを挙げれば、一頭の名牝が浮かぶ方は多いだろう。そう、深川助手はカワカミプリンセスをてがけていた。

 ヤマニンシュクルにカワカミプリンセス。この2頭で符合するレースがある──。
 
 約15分も審議ランプが点灯した06年のあの第31回エリザベス女王杯だ。1位で入線したのはカワカミ。直線で馬群の真ん中から抜け出しての1馬身半差。誰もがデビュー無敗の6連勝で、オークス、秋華賞に続く、牝馬3冠に輝いたと思ったはず。だが、審議となったように直線で斜行があった。内にもたれて接触し、シュクルの走行を妨害。これは水分を多く含んだ馬場がもたれた一因でもあった。長い審議の末、掲示板の最上位に点灯していた〝16〟の馬番が消え、⑫着への降着を知らせるアナウンスが流れ、場内が大きくどよめいた。

 馬セーフ、騎手アウトの現在の規定なら優勝だが、当時は加害馬が被害馬の次位となるルール。91年天皇賞・秋でのメジロマックイーン以来となるJRA史上2度目のGⅠでの1位入線からの降着でもあった。

 被害馬シュクルは、この女王杯が現役最後のレースとなった。直線の接触でバランスを崩したことにより、右前浅屈腱炎不全断裂を発症。現役を退いた。そして、加害馬となったカワカミもこの一戦を境に無敗を誇った勢いが止まり、その後は11戦したが、引退まで勝てなかった。

 毎年、7000頭前後の馬が生産される。その中でヤマニンシュクル、四位、エリザベス女王杯、深川が巡り合ったのだ。

 まだある。シュクルが在籍した浅見秀厩舎があった栗東トレセンの「ロ─3」。この場所に居を構えたのが今の四位厩舎。ヤマニンティンクには偶然をはるかに越す、何とも数奇な運命を持っている──。

「何かの縁」(深川調教助手)、「何とか勝たせてあげたい」(四位調教師)

「血統を見て〝オッ〟と思いましたよ。自分が担当するから、何かの縁なんでしょうね」
 
 深川助手は心中を表現した。

 デビューにあたり、四位師もこう話す。

「シュクルは大人しく、いい子だったね。性格的に似ているところはありますよ。それに、自分を大きなレースで勝たせてくれた馬の最後の仔。何とか勝たせてあげたいよね」

 実際に、トウカイテイオーの子で最後にGⅠを制したのがこのヤマニンティンクの母ヤマニンシュクル。少なくなりつつある貴重な血脈を残す役目もある。

 そして、深川助手にもまた聞いた。

「まだ、緩さは残りますよ。ただ、この時期の3歳牝馬とすれば皮膚が薄いんですよね。調教を重ねていくことでの良化度が普通の馬より大きい。これも血統のよさでしょう。元浅見厩舎のスタッフさんにも〝シュクルの仔には走ってほしいな〟と言われています(笑い)」

 もちろん、デビュー戦で勝てば最高だが、新馬戦が終了したため、未勝利戦での出走。既走馬が相手だから簡単ではない。1勝を新たな物語りの1ページとするために先の楽しみにとっておくのもありだろう。これも競馬ならではの面白さ。

 日曜阪神の4R、11時30分。そこがデビュー戦だ。

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