東西トレセンを駆け回るゲンダイの現場記者たちは、それぞれ担当厩舎を抱えている。長年、取材を続ける中、記録だけでなく記憶に残る名馬との出会いも。厩舎関係者とともに、その懐かしい足跡をたどってみる。第11回は美浦・外山記者の忘れられないあの馬――。
例年、秋開催の4回中山、阪神に組まれていたいわゆる“スーパー未勝利”(出走条件付き3歳未勝利)が今年からなくなりました。
「奥手の馬には厳しい時代だね。今じゃ、あの馬はGⅠどころか、未勝利も勝てなかったかもね」
そう振り返ったのがシンコウキングの浜口厩務員。今回取り上げる“あの馬”とは6歳春にGⅠ高松宮記念(当時は高松宮杯)を勝った遅咲きの名スプリンターです。
デビューは94年3歳7月。福島の未勝利(⑥着)で、勝ち上がったのはキャリア4戦目。同じく福島、10月の未勝利でした。当時は秋の裏開催まで3歳未勝利戦が組まれていたんですよね。
「デビュー前に暴れて肩の奥の方を痛めたりしてね。おまけにすぐに筋肉が硬くなる、いわゆるゴツゴツになりやすいタイプでさ。それで使い出しが遅れたんだよ」
それでも徐々に地力をつけて4歳秋にオープン入り。5歳冬のGⅠスプリンターズSで③着すると、翌97年5月、高松宮記念で初重賞、初GⅠ勝ちを成し遂げました。
「簡単に言えば、能力は相当に高いのに、気性が荒く体質も弱い。そんな馬だったね。走ったのはうれしかったけど、その分、日頃の世話やケアも大変だったよ」
強さの秘密は「2×3」
この浜口さんの言葉でピンときたのが、同馬の血統。父はサドラーズウェルズの全弟フェアリーキング。さらに英ダービー馬ドクターデヴィアスの弟という良血馬で、ノーザンダンサーの2×3(37・5%)という極端なインブリードだったんです。
高松宮記念の爆発的な末脚、さらにはその気性と体質は、“狂気”の血だからこそだったのでしょう。紙一重の難しい血統を一流馬に育てたあたりは、さすが藤沢和厩舎。陣営の手腕を思わせる馬でもありました。
ちなみに、「2×3」のキーワードで思いつくのが、あと約1カ月後に近づいてきた凱旋門賞。3連覇を狙うエネイブルです。
こちらはサドラーズウェルズの3×2。あの馬の強さも、強烈なインブリードからきているのでしょうね。大記録達成となるか、それとも日本馬が念願の初勝利を挙げるのか……。注目したいと思います。 (美浦・外山勲)