【日本ダービー・8紙合同特別企画 君は、何世代?】2002年タニノギムレット世代
公開日:2026年5月25日 12:00 更新日:2026年5月25日 12:00
熱気が違う――。
2002年、当時は入社3年目の25歳。それまでも競馬場でGⅠの取材をする機会はあったが、ダービーは初めて。
いつもより多い報道陣の数。まして、この日は小泉純一郎首相(当時)が表彰式に来場するとあって、物々しい雰囲気も感じられた。
1番人気に推されていたのはタニノギムレット。皐月賞では大外を回り、NHKマイルCでは直線で不利。ここまでのGⅠ2戦は不完全燃焼での連続③着だっただけに、大一番での反撃に期待がかかる。これに皐月賞馬ノーリーズン、青葉賞馬シンボリクリスエスが2、3番人気で続いた。
自分の本命はアドマイヤドン。1冠目の皐月賞では⑦着に敗れたが、母ベガがオークスを制した舞台で2歳王者の復権に期待した。
レースは直線で内から抜け出しを図ったのがデザーモ騎乗のマチカネアカツキ。これに同じ藤沢和厩舎のシンボリクリスエスが馬場の真ん中から襲いかかる。
大ベテラン岡部の懸命な手綱で抜け出しかかったところ、さらに外から黄色い勝負服が猛追。武豊タニノギムレットがゴール前できっちり差し切って、見事に世代の頂点に立った。自身の本命は⑥着までだったが、悔しがってるヒマもなく階段を駆け下りて検量室前で取材。あふれ返る記者たちの中、必死に食らいついて手元のメモにペンを走らせていたのを覚えている。
②着のシンボリクリスエスはトライアル青葉賞の勝ち馬。本番までの間隔が中3週→中4週に延びて2年目の今年はゴーイントゥスカイが制した。同レースから初のダービー馬が出るかにも注目したい。



























