【凱旋門賞】実況アナ・舩山陽司氏が解説 日本と違う馬場、調教、客席のムード
公開日:2025年9月5日 17:00 更新日:2025年9月5日 17:00
日本馬4頭が前哨戦をたたいて本番へ
欧州競馬の最高峰・凱旋門賞に向けて、その前哨戦が各国でスタートする。出走を表明している日本馬は、今年のダービー馬クロワデュノールを含む4頭。今週末から前哨戦が始まり、それぞれのステップで10月5日の本番を目指す。今年こそ日本競馬界の悲願達成なるのか。日本と欧州の競馬の違いについて、欧州での実況経験も豊富なフリーアナウンサーの舩山陽司氏に聞いた。
舩山氏は今年、246回の歴史を刻む英ダービーを国際映像を見ながら日本で実況した。それがとにかく大変だったという。
「車で馬群と並走しながらカメラで撮影する映像とドローンで上空からとらえる映像がバラバラで一度も先頭から後続まできちんとフォローする映像がなかったのです。しかも出走した18頭(ルーリングコートが出走取り消し)が内でかなり密集していたため、先頭からの映像では中団から後ろがほとんど把握できませんでした。日本向けの独自映像があるわけでもないので、そうなると中継車の映像を見たまま実況するしかありません。結果として、ランボーンが逃げ切ったので、勝ち馬をしっかりとフォローできましたが、正直、かなり大変でした。海外の中継だと、現地撮影クルーの腕なのか、時々、こういうことがあります」
シャンティイは良馬場でも足がのめり込む
では、フランスはどうか。舩山氏が実況したのは2016年の凱旋門賞で、日本からはその年のダービー馬マカヒキがGⅡニエル賞勝ちから参戦した。まずは現地で取材した馬場の感触から教えてもらった。
「当時は、パリロンシャン競馬場がスタンドの改修工事のため、シャンティイ競馬場で行われました。シャンティイはロンシャンに比べて水はけが良いといわれますが、実際に馬場に足を踏み入れてみると、日本人の感覚ではかなり軟らかい印象です。日本の良馬場なら、足がめり込むことはありませんが、シャンティイの良馬場はのめり込みましたから。しかも、その軟らかさも均一ではない。歩く場所によって、めり込み方が異なるのです。今年の凱旋門賞が行われるロンシャンを歩いたことはありませんが、一般論としてシャンティイよりさらに軟らかいのですから、あちこちで語られるように日本のスピード馬には不利だと思いますね」
そんな馬場の現状を受け、フランスギャロはこの夏にロンシャン競馬場の馬場を改修。地面を平らにして、排水工事を実施。日本馬誘致に向け、多少は馬場を硬くしたようだ。それがどの程度なのか分かるのが、クロワデュノールとビザンチンドリームが出走する前哨戦。まずは改修工事後の馬場の状態とともに2頭のレースぶりを楽しみに待とう。
〝森〟の環境良過ぎて戦闘モード薄れる
クロワデュノールとビザンチンドリームは別掲の通りシャンティイ競馬場に入厩。ここの施設を借りてトレーニングを重ね、本番に備える。このシャンティイが、日本のトレセンとはまったく違うという。
「シャンティイはパリから電車で25分、シャルル・ド・ゴール空港から30キロと、競馬関係者と空港関係者が多く住む街でありながら、『森』といわれるように自然があふれています。トレーニングする調教コースも、うっそうとした森の中にあり、およそ3000頭の馬が暮らす環境としては理想的。日本でいうと、切り開いた林道の路面を整備して、馬が走っているイメージです。日本のトレセンのような人工物は一切ありません」
写真上は、シャンティイでの調教の様子だ。サラブレッドがまさに森の中を気持ち良さそうに走っている。実は、日本馬にとってその環境の良さが裏目に出ることもあるというが、どういうことなのか。
「長くシャンティイで調教されている地元の馬は問題ありませんが、慣れていない日本馬にはあまりにも環境が良過ぎるそうで、のんびりし過ぎてしまうようなのです。もちろん悲願に向けて調教は重ねますが、戦闘モードが薄れてしまうことを懸念する日本の関係者もいました」
数多くの名馬が壁に阻まれている裏には、馬場の適性だけでなく、素晴らし過ぎる調教施設の事情も影響しているのかもしれない。クロワとビザンチンは“森”をどう克服するかも注目だ。
海外のパドックは5分。暑熱対策の中京程度
現地で調教を積んだ馬たちがついにレース当日、競馬場にやって来る。そのムードは、日本のGⅠのそれともやっぱり違うという。
「欧州で競馬は貴族の遊びですから、凱旋門賞当日の競馬場は鉄火場ではなく、社交場です。1レースの前からしっかりと着飾った紳士と淑女がメインレースまでやって来て仲間と会話を交わす。シャンパーニュやワインなどをたしなんだりしますが、日本の競馬場の飲食店コーナーの雰囲気はまったくありません。日本の競馬場の馬主席の雰囲気とも違います」
そんなきらびやかな競馬場でエントリーした馬を初めて目にするのがパドックだが……。
「日本のグルグルと何度も周回するパドックを前提とする日本のファンにとっては、フランスのパドックはもどかしいでしょう。馬が歩くコースの両側を入場者が埋め尽くすため、テレビ画面で馬体をチェックするのが難しいし、すぐに馬場に出てしまいますから」
日本でも、この夏の中京開催では暑熱対策でパドック周回が騎手の騎乗を含めて2周に減らされることがあった。日本では一般にパドックでの周回が15分ほどだが、海外は5分ほど(英国などでは、パレードリングと呼ばれるパドックの前にプレパレードリングが設けられていることもある)。今回の暑熱対策は海外に近い周回時間だった。
最高峰の舞台に乗り込む日本馬4頭。テッペンを目指して、雰囲気にのみ込まれることなく頑張れ!
クロワデュノールはGⅢプランスドランジュ賞から
日本では新馬戦Vのみの1勝馬アロヒアリイ(父ドゥラメンテ)が、先月フランスのドーヴィル競馬場で行われたGⅡギヨームドルナノ賞で仏ダービー②着馬を寄せつけず楽に逃げ切った。その勝ちっぷりから現地でも下馬評を上げる中、今月3日に管理する田中博師が正式に凱旋門賞挑戦を表明。ルメール騎手とのコンビ継続で本番に直行とあって、さらに注目を集めている。
今年の日本の総大将といえば、ダービー馬クロワデュノールだろう。春の天皇賞②着・ビザンチンドリームとともにドイツ経由で日本時間先月31日未明、仏シャンティイの小林智厩舎に入厩。クロワは14日のGⅢプランスドランジュ賞(パリロンシャン、芝二千)から、ビザンチンは7日のGⅡフォワ賞(同、芝二千四百)から本番に向かう予定だ。
そしてシンエンペラーは昨年と同じローテーションで悲願成就を狙う。すでにアイルランドのカラ競馬場近くにあるリチャード・ブラバゾン厩舎に入厩していて、13日のGⅠアイリッシュチャンピオンS(レパーズタウン競馬場、芝二千)を叩いてパリに向かう。
4頭とも状態は良さそうなだけに、パリ決戦が楽しみだ。