海外競馬通の実況アナ 舩山陽司さん「米国でしゃべるのは日本や欧州より難しいんです」その理由は?
公開日:2024年11月1日 17:00 更新日:2024年11月1日 17:00
今週末は米ブリーダーズC開催
今週の中央競馬はGⅠが中休みだが、日本時間3日の朝には米競馬の祭典ブリーダーズCが行われる。2日に分けて全14レースが行われ、日本ではブリーダーズCクラシックを含む4レースで馬券を発売。馬券発売のないほかの7レースにも日本馬が出走するから、今週末は米国競馬も要チェックだ。実況アナの舩山陽司さんは2年前のブリーダーズCクラシックで実況を担当するなど海外レースの実況経験も豊富だ。舩山さんに米国競馬について聞いた。
2年前はフライトラインの勝ち方を中心に
「競馬の実況アナウンサーにとって最も重要な準備は何かというと、塗り絵です。国内の平場でもGⅠでも海外のレースでも変わりません。必ず塗り絵をします。台紙に出走する馬の並びに合わせて、騎手が着用する勝負服の服飾の通りに色をつけるのが実況用の塗り絵です。この作業で服飾の違いを頭に入れ、実況で馬を見分けるので、ベテランも新人も皆、レース前は台紙に丁寧に塗り絵をします」
日本なら、サンデーサラブレッドCやシルクホースCなどノーザンファーム系のクラブ法人はGⅠでおなじみだから競馬ファンなら、勝負服も思い浮かぶはず。大御所個人馬主の金子真人HDや里見治氏なども典型だろう。海外のGⅠを実況するときも、外国人馬主の勝負服を分かりやすいように塗り絵するわけだが……。
「主催者の資料が配られるわけではないので、自分でレーシングポストはじめ海外競馬サイトをチェックしたり、ユーチューブで過去の映像を探したりして塗り絵の材料を見つけます。有力馬主の馬なら材料が豊富にあって間違えることはないのですが、各地の前哨戦を勝ち上がってきてあまり知られていない馬だと、そもそも材料が少ない。しかもサイトがかなり重くて調べるのに時間がかかる上、サイトの情報が間違えているケースもあるから厄介です。当日のパドックで勝負服の違いに気づくと、ちょっと焦ります。実況していなければ、急いで塗り絵を修正しますが、実況中でゲストの方などに話しかけられると修正作業ができずに大変です」
キーンランド競馬場で行われた2年前はそんなトラブルもなく、本番を迎えた。
「あの年はデビューから5連勝のフライトラインが断然の1番人気。その強さで出走を諦める陣営も多く、レースは8頭立てでした。ゲートが開くと、フライトラインが逃げ馬を大名マークして2頭で後続を大きく離し、後続集団はかなり離れて隊列がすぐに決まったこともあり、実況もフライトラインがどういうふうに勝つかを中心にしゃべればよかったので楽。結局、直線で逃げ馬をかわすと、ステッキ1発で②着馬に着差レコードとなる8馬身4分の1差の圧勝。その前のレースでドバイWCを勝ったカントリーグラマーを20馬身近くブッ千切った実力は本物でしたね」
実況としても平穏な年は例外で、米国競馬の実況は日本や欧州に比べて難しいという。
「米国競馬はダートが中心で、そのスピードは世界で群を抜き、基本的に序盤から速いペースで流れて弱い馬をふるいにかける脱落、消耗戦です。結果として勝つ馬も、負ける馬も、かなり早い段階で手が動くので、勝ち馬の目星がつきにくい。実況泣かせのレース展開なのです。日本や欧州のように勝負どころで馬なりでポジションを上げていくと、実況しながら『この馬が勝ちそう』と予想がつく。勝負どころで人気馬の手ごたえが怪しければ、その馬が伸びないことを伝えた上で、脚色がよい馬への実況に切り替えることができます。米国のダート競馬は、勝負どころでの手ごたえの差が読み取りにくいから厄介なのです」
そうはいってもこの道25年のベテランだ。動揺して言葉に詰まることはない。
「難しいレースほど集中力が高まるというか、スイッチが入るんです。たとえば、2年前の英キングジョージ6世&クイーンエリザベスSを実況したときは6頭立てながら人気馬が総崩れで、人気薄のパイルドライヴァーが波乱を呼びました。下馬評を覆した激走が痛快だったので、ゴールに入って『脳天杭打ちパイルドライヴァー』としゃべったんです。あのときは日本での馬券発売がなかったので、遊びのある表現を使いました」
舩山さんは立教大相撲部出身で、いまも筋トレを欠かさず、シニアの大会で土俵に立つ。格闘家としての一面もあるからこその描写だろう。
17年ベルモントSは本馬場入場の大合唱に感動
さらにさかのぼって2017年には米3冠最終戦のベルモントSを現地出張で実況したという。
「あの年は、日本のエピカリスがUAEダービー②着から転戦していたので、陣営への取材もあって木曜日の朝にニューヨークのジョン・F・ケネディ空港に到着。マンハッタンとは逆の競馬場近くのホテルにチェックインして翌日の取材に備えたんです。ところが、エピカリスは出走取り消しで萩原調教師などの取材はできませんでした。でも、ベルモントパーク競馬場の周りは何もないのですが、当日は数万人のファンが集まり、ベルモントSの本馬場入場時には大観衆がニューヨークニューヨークを大合唱するんです。あれは感動しました。え、レース? そうですね、フライトラインのような特注の馬も、2冠馬もいない年で、結果的に米国特有の消耗戦を制してタップリットが勝ちましたが、勝ち馬はその後、連対さえしていません。地味なレースでした」
レースが終わると、夜の飛行機で帰国。NY滞在中は競馬場とホテルを往復しただけで、マンハッタンに立ち寄ることもなく帰ってきたという。
「思い出に残っているのは直径20センチはあろうかというハンバーガーの大きさくらいです。バンズに牛肉のパテが挟まっているのみで、ほかに具はなかったと思いますから、おいしかった印象はありません。それ以外も肉ばかりで、食事はしんどかったですね」
さて、舩山さん、今年のブリーダーズCの注目は?
「今年のクラシックは米国の先行馬がそろったので、日本馬3頭はハイペースに巻き込まれて厳しいと見ているので、米国のハイランドフォールズが本命です。前走は、2走前から1F延びて自身2度目の二千。そのレースぶりに黒星だった春より成長を感じ、二千にこそ適性がある印象を受けました。穴に抜擢です。個人的には馬券発売のないディスタフに出走するオーサムリザルトに期待しています。前2走がかなり厳しい展開を勝ち切っているので、精神力の強さを感じますから、海外遠征にも動じないタイプ。ここで勝ち負けできれば、かなり楽しみですね」
今年の開催はデルマー競馬場。果たしてどんなドラマが繰り広げられるのか。