“働かざる者食うべからず”
なんて諺があるが、さしずめ、
「生まれてこのかた働いたことがない」
と自慢(?)する健坊など、とっくのとうちゃんで餓死していても不思議じゃない。
若かりし不良時代はカツアゲ(恐喝)をしたり、神社、仏閣の銅板屋根をひっ剥がし、屑鉄屋に売ったりして小遣いを稼いでいたもんだ。
決してハンサムじゃないが、菅原文太風の苦み走ったいい男で、不良に憧れるそそっかしい女の子を食っちゃ、
「江戸前のダボハゼよりもよく釣れる」
と嘯いていたもんだ。
それが銀座のクラブのチーママをしていた麻里姐と同棲してからピタッとやめ、浮気したのは麻里姐の妹分だった陽子だけ。
“半ば公認”の2号サンである。
競馬、競艇、オートの公認ギャンブルは当然として“反社”のヤクザが胴元の鉄火場にも平然と顔を出し、痛い目に遭うとションボリ。
十指に余る不始末を助けてくれたのが麻里姐で、
“世紀のお助けウーマン”
として名を品川中に馳せることになる。
さすがに、
〈……もう無理、無茶は出来ない……〉
と悟ったか、気がついたのか定かでないが、たまにオートレースを新橋西口の「ラピスタ」へ行くくらいで、競馬だけに絞ったのは4、5年ぐらい前から。
これが予想下手の馬券下手ときて、先ず当たらない。
麻里姐から15万、釧路の太一と留公からの顧問料10万ずつ。サブと赤シャツからの上納金10万。
月に45万円の収入があるのだが、蓄財という言葉をオフクロさんの腹の中に忘れて生まれてきちゃった男。
もって瞑すべしである。
競馬の前の晩だ。
陽子は欠席。
磨呂ちゃんのシャンパンに大西が付き合ってる。
熱燗から冷酒に切り替えて、何週間経つ健坊と留公。
さしつさされつでピッチが早い。
「それにしても先週の『北九州記念』のロードフォアエースと川田にはマイッタな。差のない2番人気でヨシヨシと思ったが⑨着だってぇんだから話にならない。上位に来た3頭、ちゃんと相手に買っているのに、肝心要の馬が4、5番手からズルズルベッタリじゃ嫌になる」
と溜め息つく健坊。
「1番人気になって勝った団野大成のヤマニンアルリフラにも少し気があったんだけど……それにしても6万7000円もついたのにはビックリだ」
と笑いながらの留公だ。
陽子との夜のお勤めがない健坊。ペース早く3本目の2合徳利がすぐに空になった。
「今週の福島『七夕賞』には内証にしていたが、いい思い出があるのヨ。日曜の朝、古いダチ公から電話が入って、『どうしても……』と頼まれ、サブと赤シャツにきょうは来なくていいって断りを入れて、水道橋で待ち合わせたんだが、『5万貸してくれ』の頼みを訊いてやって2時頃別れたんだが、せっかくだからと後楽園のウインズでチョロチョロ馬券を買ってたんだ。メインの『七夕賞』で1番人気の池添謙一のヒートオンビートを軸に5頭を相手に60点に2000円、12万買ったところ、なんとなく大外16番の田中勝春のエヒトが54キロと恵まれたハンデで気になって押さえたところ、これが大正解で、3万9600円ついて80万近くの払い戻しで、よく覚えてるんだ」
と自慢話をする健坊。
6番人気で単勝が1620円ついたそうで、珍しいこともあるもんだ。
「田中勝春も調教師になって、今年から開業。まだ3勝しかしていないが、そのうちの2勝が『七夕賞』に出走している⑧シリウスコルトで、同じ古川吉洋が乗っているんだ。47歳のベテランで、今年16勝している。エヒトで儲けさせてもらった義理の恩返しで、カッチーのシリウスコルトから入りたいんだけど、いいかね?」
と留公に同意を求める健坊。
「いやぁ、そう言われりゃ自分もカッチーのファンで、若い頃はテレビドラマの『相棒』で、かつて水谷豊と共演していた反町隆史とソックリと評判になったほどのいい男で……」
と留公も大賛成。
伸びシロのある4歳馬で、古川吉が乗るようになっての3戦②①①着と相性が良さそう。
「そうですね。前走の『新潟大賞典』は二千メートルを逃げ切ったんですが、ここもさしたる同型馬不在で楽に逃げられるんじゃないかと……。相手は柴田大知の②コスモフリーゲン、横典サンの④マテンロウオリオン、デムーロの⑤リフレーミング、大野拓弥の⑫シルトホルン、丸山元気の⑬セブンマジシャン、戸崎圭太の⑮ドゥラドーレスの6頭90点に2000円ずつ……」
とまとめた大西だ。
絶えて久しい当たり馬券。
「ヨッシャー!」の叫び声を聞きたいものだが、さて――。
競馬評論家
1944年東京生まれ。65年、東京スポーツに入社して競馬サークルへ。82年に退社後、ケイシュウニュースを経て86年、週末特別版にて「止まり木ブルース」が連載スタート。北品川で毎週、馬券勝負に挑む健坊の生き様にファンは多い。