馬主・岡田繁幸 この馬とコスモバルクと地方競馬
昨年のGⅢ京成杯は、勝ち馬ダノンデサイルがダービーを制し、②着アーバンシックが菊花賞馬に。2年前は、ソールオリエンスがここから皐月賞もブッコ抜いている。クラシックに直結するようになったこのレース。11年前、南関東川崎所属で楽勝したのがプレイアンドリアルだった。
「プレイアンドリアルを語る上で欠かせないのが、今は亡きマイネル&コスモ軍団の総帥岡田繁幸さんとコスモバルクですよね」
こう語るのは、競馬をはじめ実況アナウンサーとして活躍する舩山陽司さんだ。
岡田さんは実質的にこの2頭のオーナーで、どちらも地方所属のまま中央のGⅠをターゲットにした(バルクの名義は当初、妻の美佐子さんで、2006年からビッグレッドファームに)。03年に旭川でデビューしたバルクは翌年、中央のクラシックを皆勤し、皐月賞とジャパンCで②着に健闘するなど中央の大舞台でも善戦。06年にシンガポール航空国際Cで悲願のGⅠ制覇を達成した。競馬ファンに語り継がれる叩き上げの功労馬だ。
JRAも地方馬の出走条件を緩和
舩山さんに2頭とともに岡田さんの思い出を聞いた。
「プレイアンドリアルはGⅠ朝日杯FSこそ⑦着に敗れましたが、当時は中山のマイル戦が舞台で16頭立て13番と不利な外枠から前に壁をつくることができず、掛かってしまい“情状酌量”の余地がある競馬でした。その証拠に朝日杯の前走のGⅢ東京スポーツ杯2歳Sは、勝ち馬イスラボニータとタイム差ナシの②着。勝ち時計は2歳レコードの1分45秒9。岡田さんが『能力はバルクより上』と大絶賛したのも当然のレースぶりで、3歳時はダービーを逆算して、京成杯で始動するプランがあらかじめ決まっていました。その直行ローテが組めたのは、バルクの大活躍があればこそです」
バルクは2歳時に百日草特別を勝つと、ラジオたんぱ杯2歳Sを逃げ切っている。中央馬ならクラシック出走に十分な賞金を加算したが、当時の地方馬が本番に出走するにはトライアルでの優先出走権獲得が条件だった。バルクが弥生賞をステップにしたのはそのためで、見事勝利して皐月賞に挑戦。その皐月賞②着が、④着までに与えられるダービーの優先切符となった。秋の菊花賞に向けても、まずトライアルのセントライト記念を狙うため、地元の北海優駿から始動せざるを得なかったのだ。
その後、何度かの変遷を経て、JRAは地方所属馬の出走決定方法を緩和し、地方所属のままGⅠに挑戦しやすい条件になっている。こうした制度変更が行われたのは、バルクをはじめとする地方所属馬の熱心なJRA挑戦の成果が大きいだろう。
「競馬への情熱やロマンは、関係者ならだれしも少なからず抱いていると思いますが、岡田さんの熱量は人一倍すごかったです。地方競馬の活性化を狙って地方から中央へ殴り込みをかけるストーリーはファンにとっては魅力的ですが、生産者や馬主として実行するとなると、なかなかできることではありません。競馬や調教の環境は断然、中央競馬の施設が優れていて、何より中央は賞金が高い。競走馬はペットではなくて、経済動物の一面がある以上、ロマンを優先すると、生活が厳しくなる恐れもあります。しかし、岡田さんはロマンを貫き、きちんと結果を出すのですからスゴイですよね」
舩山さんが出演する「BSイレブン競馬中継」では、岡田さんも11年5月からレギュラー解説者になった。出演のキッカケが、番組への電話だったそうだ。
「岡田さんは、ある記者のパドック解説が納得できなかったようで、番組に電話をかけてきて、オレならもっと丁寧に馬のことを解説できる、といったことを伝えたため、レギュラー解説者になった経緯があります。岡田節での解説を楽しみにしていた視聴者は数多くいました。番組の名物コーナーでしたね」
日本ダービー制覇。夢を受け継ぐ人は…
ファンから「日本一の相馬眼の持ち主」と慕われた岡田さんは、13年の北海道トレーニングセールでプレイアンドリアルと出会う。事前の時計が平凡で、セールのチェック対象から漏れていたそうだが、セリにかかる前のパレードリンク(パドックのようなところ)を周回する姿に相馬眼が反応。すぐに購入を決意し、735万円でセリ落としている。
盛岡での2戦目のジュニアグランプリを6馬身差で圧勝したことで「コスモバルクより上」の潜在能力を確信。その言葉通りに次走・東スポ杯でレコード決着の②着と結果を残し、レース後に北海道・田部和則厩舎から川崎の河津裕昭厩舎に移籍している。
「川崎への移籍は、中央競馬での輸送負担を減らすためで、地方を拠点にすることは変わりありません。岡田さんがなぜそこに執念を燃やすかというと、地方と中央の格差是正と競馬全体の盛り上がりのためでした。そこを両立するには、地方から日本ダービーや有馬記念といった中央の主要GⅠを目指すしかありませんでした。東スポ杯を制したイスラボニータはその後、皐月賞を勝って、ダービー②着。あのわずかな着差ですから、プレイアンドリアルにかけた期待の大きさは妥当ですし、もし無事だったら、と思うと残念でなりません」
プレイアンドリアルは京成杯で1番人気のキングズオブザサンに2馬身差で楽勝。GⅠ出走が確実になったが、レース後に発症した右前脚繋靱帯炎が改善せず、引退を余儀なくされた。いまは北海道恵庭市のすずらん乗馬クラブで第二の馬生を送っている。
「岡田さんの夢はかないませんでしたが、バルクの活躍で地方競馬が盛り上がったのは間違いありません。バルクはクラシックでの活躍から、本来は投票対象外なのに有馬記念のファン投票でもかなりの票を集め、NHKや民放の番組で特集されました。プレイアンドリアルも、岡田さんに見いだされなければ、この活躍はなかったかもしれません。そんな岡田さんの頑張りもあり、いまでは地方競馬が全体的に底上げされています。地方でも1億円ホースは珍しくなく、地方の調教師リーディングを獲得賞金でみると、1位は常連の小久保智調教師(浦和)ですが、2位と4位は高知の打越勇児調教師と田中守調教師です。低迷していた高知もここまで躍進しているのです。中央の壁は高いとはいえ、岡田さんの遺志を受け継ぐ人が現れても不思議ありません」
ハイセイコーやオグリキャップなど、地方出身のスターホースは時々誕生するが、2頭とも中央に移籍した。いまの時代に地方所属のまま中央のGⅠを総ナメにするような怪物が生まれたら、どれほどの競馬ブームが沸き起こるのか。ロマンは尽きない。