父に似る馬は走る。基本的にGⅠ勝ちで種牡馬となっているから当然だが、姿形が似れば、速く走る遺伝子が伝わっていることが多い。
【東京11R・オークス】 オルフェーヴルの子ジュウリョクピエロの潜在能力にかける。
まず、父オルフェーヴルを振り返りたい。有名過ぎる話だが、新潟の新馬戦は外から内ラチへ5頭分ほど切れ込み、それでも勝って入線後の向正面で池添を振り落とした。幼く、掛かる。これが初期オルフェで、入念な8の字フラットワークを取り入れ、バランス面の改善、乗り手との信頼関係を築き、走る馬となった。結果、芙蓉S、京王杯2歳S、シンザン記念、きさらぎ賞で②⑩②③着も、スプリングSでの勝利をきっかけに3冠馬となって年末の有馬記念まで6連勝。①着を続けた。
ジュウリョクのデビュー以降もよく似る。5戦①⑦⑦①①着。デビュー3戦はダートだが、3馬身半差で鮮やかなデビューVを挙げた。2戦目は北海道へ向かう馬運車で転倒するハプニングつきで3戦目はイレ込んだ。芝替わりで勝った2走前は、よりイレ込みがきつくなり、汗だくの輪乗りでは今村を振り落としている。裏を返せば、この状況下で一頭、抜群の手応えで直線を向き、34秒0の脚で勝てたことが相当な芝適性の高さなのだ。
証明するかのごとく、芝2戦目の忘れな草賞を連勝した。最後方から大外を回り、豪快なまくり差しを決めている。「余裕があり、馬も物見して内にササったり、フワフワもしていました」は今村だ。遊んで後半6Fを69秒9、5Fは58秒フラット(推定)で駆け、なお2馬身半と千切ってきたから抜群の心肺機能を持つともいえる。
同時に、その一戦はテンションの高さを危惧し、対策を練っていた陣営をいい意味で大きく裏切る落ち着きもあった。若さ解消で徐々に走る方へパフォーマンスを出せていることが一番、父と似る。
この中間は、前走を踏まえて輸送を控える中で2週連続してのCウッド併せで前走以上に負荷をかけることもできた。ラスト12秒1―11秒6と他馬の横で我慢が利いた最終追いもひとつの成長と見てとれる。ならば、樫の舞台は怖くない。
1974年、愛知県で生を受ける。名前の通りのザ・長男。
大阪での学生時代、暇な週末は競馬場に通い、アルバイトをきっかけに日刊ゲンダイへ。栗東トレセンデビューは忘れもしない99年3月24日。毎日杯の週で、初めて取材した馬は連勝中だったテイエムオペラオー。以降、同馬に魅せられ、1勝の難しさ、負けに不思議の負けなしと、学ばせてもらったことは実に多い。
グリーンチャンネルでパドック解説をさせていただいているが、パドック党であり、大の馬体好き。返し馬をワンセットで見たい派。現場、TV観戦でもパドックが見られなかったレースの馬券は買わないと決めている。
余談だが、HTB「水曜どうでしょう」の大ファン。こんこんと湧き出る清水のように名言を連発する大泉洋氏を尊敬してやまない。もちろん、“藩士”ゆえにDVD全30巻を所持。


























