あの馬は今こうしている

2012年阪神大賞典制覇ギュスターヴクライ 

公開日:2026年3月20日 14:00 更新日:2026年3月20日 17:21

Vigorous Stableで繋養

「パドックで寝転がったり、ジャンプしたり気ままに過ごしています」

 阪神大賞典は、時として強烈なドラマが刻まれる。2012年は、3冠馬オルフェーヴルが4歳の始動戦として出走。向正面でハナに立って3角を過ぎると、外ラチ沿いに逸走。実況の舩山陽司アナは、「オルフェーヴル失速」を3回重ね、場内がどよめくと、最内でロスなく運んだギュスターヴクライが先頭でゴールを駆け抜けた。そのギュスターヴはその年のアルゼンチン共和国杯を最後に引退した。今どうしているのか。

「実はギュスターヴクライを種牡馬にする話もあったんですが、アルゼンチン共和国杯のレース中に発症した右前浅屈腱不全断裂が重く、その話はなくなりました。それでご縁をいただき、ウチで引き取ることになったんです。『ギュス君』って呼んでかわいがっていますよ」

 こう言うのは、滋賀県東近江市にある「Vigorous Stable」(元・忍者ホースクラブ)の代表・宮本佳英さんだ。JRAの栗東トレーニングセンターから東に車で40分ほど。競走馬を中心に乗用馬の調教や調整も手掛ける施設だ。ギュス君の様子について宮本さんに聞いた。

「アルゼンチン共和国杯のレース後、すぐにウチに移動してきましたが、JRAからの発表は競走馬登録の抹消だけだったため、ネット上で『ギュスターヴクライはどこに行ったんだ?』とちょっとした騒動になっていました。『馬肉になったのか……』といったよろしくない臆測もあり、騒動を収束させた方がいいと思い、ブログにギュス君のことをどんどん書いて、ケガや治療の状況などを逐一報告したんです。そのおかげで立ち上げたばかりのウチの知名度も広がり、ギュス君に関わった厩舎関係者や調教スタッフ、騎手なども訪ねてきてくれました。ギュス君さまさまです」

 宮本さんがそう話すようにギュス君を受け入れたころは、牧場や乗馬クラブの開設に向けて準備する真っ最中。温泉つきの土地を借り、スタッフと一緒に草むしりをしたり、走路を整備したりしていたという。

「そんな状況でしたから当時は、馬がまだ一頭もいませんでした。これから施設を運営していく上で馬がいないとダメでしょう。ギュス君を引き取ってほしいという連絡を受けたときは、練習用にいいかなと思い、『ぜひ引き取らせてください』とお返事しました」

 それから14年が過ぎ、投稿した動画などを拝見すると、ギュス君は元気そうだが、脚の具合はよくなったのか。

「ハイ、2年かかって完治し、脚の具合はまったく問題ありません。治ってからは乗馬の大会に出場したり、預託された現役馬の調教パートナーを務めたりしたこともありましたが、もう一度脚をケガするとかわいそうなので、今は人を乗せることはしていません。健康を守るための引き運動とパドックでの日光浴です。パドックでは、寝転がったり、ジャンプしたりして気ままに過ごしています。隣のパドックにも馬がいると、ちょっかい出したりしてね。今年18歳と高齢でも、内臓も元気でカイバもよく食べます。このまま元気でいてほしいですね」

「ギュス君の2年後に引き取ったメルシーエイタイムにも感謝です」

 悠々自適の生活ぶりが見て取れるが、ギュスターヴクライと同じくらい感謝している馬がいるという。

「中山大障害(JGⅠ・07年)を勝ったメルシーエイタイムです。13年の同じレースで左後肢に予後不良になってもおかしくない大ケガを負ったのですが、何とか手術で一命をとりとめて、連絡を受けたときは覚悟を決めて引き受けることにしました。あれだけのケガだと、リスクもあります。でも、そのつらい治療や痛みを乗り越えたエイタイムを見ると、ホント、強さを感じたんです。あの馬だから生きられたと思う。ギュス君の2年後にウチに来て結局、1年ほどで亡くなりましたが、あの馬と同じ時間を過ごせたことも感謝しています」

 施設にある馬房は50で半分ほどが現役馬の預託だという。

「ウチに預託されるのは、パドックでひっくり返ったり、馬場入りをゴネたりするクセのある馬が多く、困った調教師の先生方から『ちゃんとパドックで引けるように修正して戻してほしい』などと依頼を受けるんです。1頭の調教にかなり時間がかかるので、トレセンのようにスケジュールに沿って次から次へと調教をつけることはできません。そういうクセ馬を中心に預かっているから、『乗馬で引き取ってくれないか』というお話も引き受けることができるんです。最近は、引退した競走馬の乗馬大会(RRC)も盛り上がっていて、一般の乗馬大会に比べると考えられないほどのお客さんが入りますから、RRCにも積極的に参加したい。こうしていろいろなことにチャレンジできるのも、ギュス君のおかげです」

 怪物オルフェを破った幸運の持ち主は、今も周りの人に幸福をもたらしているようだ。

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