「この血統はウチの宝。来年生まれてくるパレスマリスの仔が楽しみです」
牝馬限定のGⅢマーメイドSは、ハンデ戦とあって荒れやすい。2008年は最軽量48キロで12番人気のトーホウシャインが勝ち、10番人気ピースオブラヴと5番人気ソリッドプラチナムを引き連れたことで、3連単は193万350円の特大万馬券に。そんな波乱傾向のレースで昨年、堂々の1番人気で重賞タイトルをゲットしたのがビッグリボンだ。今年1月に現役を引退。生まれ故郷の下河辺牧場に戻り、第二の馬生を送っている。いまどうしているのか。代表の下河辺行雄さんに聞いた。
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「この馬は元々、ツメが薄く、牧場に戻って1カ月ほどはこれからの繁殖生活に備えて、しっかりとツメを治療しました。おかげさまでツメはすっかりよくなり、すこぶる順調。ええ、馬体や内臓などはとにかく健康ですよ。放牧地をのんびりと駆け回り、時々、休んで青草を食べています。青草の栄養価が高くなるのは、ちょうどこれからですから、繁殖牝馬としてたくさん食べて、元気に子供を育ててほしいですね」
気になるのは、今年の種付けだ。どの種牡馬を配合したのか。
「パレスマリスです。今年が初めての種付けですが、お母さんとして立派に終えてくれました。菊花賞馬キセキの全妹ですからね。いまから来年が楽しみでなりません」
この馬の祖母ロンドンブリッジは、ファンタジーSを勝ち、桜花賞で②着。その祖母はオークス馬のダイワエルシエーロ(父サンデーサイレンス)、アーリントンCと京都金杯を制するビッグプラネットなど重賞活躍馬を続々と輩出。ディープインパクトとの間に生まれた母ブリッツフィナーレは競走生活がなく繁殖に上がると、ルーラーシップを配合して生まれた3番仔がキセキだ。キセキと全妹の関係になるビッグリボンは5番仔である。
「ロンドンブリッジもウチの生産で、そこから広がる血脈はウチの宝ですよ。現役時代にビッグリボンを管理していただいた中内田調教師が大事に使ってくれ、ローテーションも慎重に工夫してくれたおかげで、とてもいい状態で牧場に戻ってきてくれたので、この血脈をさらにつなぐことができます。ロンドンブリッジから数えると、ビッグリボンの子供は4代目。ほんとどんな子供が生まれてくるか。とにかく楽しみですし、だからこそ健康にはとても気をつけています」
繁殖牝馬は、どんな生活なのか。
「ヒトのアスリートは現役時代、低カロリー高タンパクの食事とトレーニングで体をつくりますが、引退して母になったら赤ちゃんを妊娠して出産するための食事に変わりますよね。繁殖牝馬も放牧地から厩舎に戻ると、カイバを食べますが、その中身は現役時代とは違います。お腹の子供にしっかりと栄養を伝えられるようなものです。ただ、食べるだけで運動不足になると、難産になりやすいので、運動と食事のバランスはきちんとチェックしています。ウチには120頭の繁殖牝馬がいて、ほかの繁殖牝馬と一緒に放牧地を駆け回りながら適度に体を動かし、青草とカイバで栄養を取る毎日です」
牧場に戻って5カ月ほど。わずかな期間でも母として体つきが変わってきたという。
「ヒトも妊娠するとホルモンバランスが変わり、つわりがあったりするでしょう。馬も妊娠すると体つきが変わって、丸みを帯びてきます。妊娠して9~10カ月もすると、出産に備えてお乳も張ってきますから。繁殖牝馬になると、体が大きくなるんです。話はそれますが、競馬の主催がJRAになる前のうーんと昔だと、300キロとか400キロの小柄な牝馬は一度繁殖を経験させて体を増やしてから再び競走馬に戻ることがありました。いまの日本ではありえませんが、欧州では時々、そんな牝馬がいます」
超がつく健康優良児
〈別表〉の成績欄には出走レースの結果とともに馬体重も記している。それを見れば分かるように、21年2月7日の新馬戦から引退レースとなった23年11月12日のGⅠエリザベス女王杯まで、馬体重はほぼ500キロ前後で安定している。
「キセキは1歳夏ごろから驚くほど急成長しましたが、ビッグリボンは生まれたときからたくましい馬体で安定した成長曲線でした。同期の中では超がつく健康優良児でまったく手がかかりませんでした。その優等生ぶりは、繁殖牝馬になったいまも変わっていません。ぜひこのまま繁殖牝馬としても頑張ってほしいと思います」
母ブリッツフィナーレが22年に産んだタイトルも、父がルーラーシップでキセキやビッグリボンと同じ配合だ。この配合にかける思いの強さが感じられるだろう。
「母ブリッツフィナーレが繁殖に上がって3年目にルーラーシップを交配してキセキが生まれ、菊花賞馬になってくれました。その偉業は大きいですよ。不受胎だった年も含めると、22年までに6回ルーラーシップと交配しています」
キセキとビッグリボンの全弟タイトルが、その名の通りGⅠタイトルを手に入れることができるか。
下河辺牧場のドラマはまだまだ続く。
下河辺牧場は3冠牝馬スティルインラブを生んだ日高の名門
北海道・日高に拠点を置く競走馬の生産、育成牧場。海外のセールで繁殖牝馬を購入し、血の入れ替えも積極的に行っている。ロンドンブリッジを産んだオールフォーロンドンは米国から輸入した。繁殖牝馬は現在120頭で、毎年80~90頭を生産する。1995年に開場した育成牧場では、1400メートルのダートコース、1000メートルの坂路、屋内馬場のほか、ウオーキングマシンや角馬場、パドックも併せ持つ。
主な生産馬は本文で紹介した馬のほか、2003年に牝馬3冠を達成したスティルインラブ、アユサン(13年桜花賞)、ダノンシャーク(14年マイルCS)、ショウナンアデラ(14年阪神JF)、ドライスタウト(21年全日本2歳優駿)、ノットゥルノ(22年ジャパンダートダービー)など。