【ケンタッキーダービー】競馬評論家の須田鷹雄氏が占う フォーエバーヤング快挙達成の可能性
公開日:2024年5月3日 17:00 更新日:2024年5月3日 17:00
今週の競馬で注目はやっぱり米GⅠケンタッキーダービーだろう。馬券的な興味もさることながら、これまで5戦全勝でブックメーカーでも3番人気に支持されているフォーエバーヤングが3歳ダート世界王者に輝くのか。快挙達成の可能性を中心に競馬評論家の須田鷹雄氏(53)に聞いた。
「競馬に興味を持った1990年代は、日本のトップホースでさえ海外ではダートでまったく歯が立ちませんでした。ブリーダーズカップクラシックに挑戦したタイキブリザードは97年の⑥着が最高で、ドバイワールドカップに挑んだライブリマウントやキョウトシチーなども⑥着止まり。当時、国内ダートで無双状態だったホクトベガは競走中止で予後不良という残念な結果でした。芝も同様でシリウスシンボリは85年にダービー馬になって欧州に渡ると、全敗です。そんな苦い経験を乗り越え、日本馬はいろいろな関係者が海外遠征を重ね、そのノウハウを蓄積。いまや世界中のGⅠをモノにしています。正直、フォーエバーヤングが一気にダートの世界トップに立つ可能性はあると思いますし、世界の壁を打ち破ってほしい気持ちです」
それにしても日本馬の躍進はすごい。その流れでよく語られるのは、サンデーサイレンスをはじめとする海外の種牡馬や繁殖牝馬の導入で、日本馬の血統がよくなったこと。須田氏は「それももちろんありますが、競走馬の管理や育成、調教技術の向上、そして施設のレベルアップが大きい」として、まず管理や育成についてこう言う。
「競走馬の管理や育成、調教の技術については、ノーザンファームを代表とする大手牧場が取り入れて成績がよくなると、参考にできるものは日高の牧場などにも広がっていきます。たとえば繁殖牝馬のコンディション管理は産駒の健康につながりますし、生まれた子供もボディーコンディションは随時チェックします。いまの管理・育成では、そういう細かいことをきちんと突き詰めているのです。離乳して昼夜放牧に出されると、1頭ごとに運動量が足りているかをチェック。一定レベルに達していないと、ウオーキングマシンなどで基礎体力強化をはかることもあります。人が騎乗するようになってからの育成では、坂路調教が当たり前で、いまは日高などにも坂路施設がかなり普及。そんな管理・育成のきめ細かさが、日本馬躍進の要因のひとつだと思います」
「世界の矢作」だからできる調整の微調整
負荷のチェックでは、採血して疲労度の目安となる乳酸を調べたり、心拍数を測定したり。さまざまなデータを組み合わせて、最適な育成・調教のメニューが組み立てられる。競走馬として本格的にデビューしてからも重要な役目を担うのが坂路だが、坂路依存の調教が海外遠征ではアダとなりかねない。その克服に重要なのが厩舎力だという。
「坂路が日本馬のレベルアップに貢献したのは間違いありません。JRAでは先に導入された栗東所属馬の方が長くGⅠ勝利数が多く、西高東低の勢力図が続いていました。ところが、海外には日本のように充実した坂路があるとは限らず、あっても自然の傾斜を使用しているだけで十分な斜度がないことも珍しくありません。そうすると、日本では坂路中心で仕上げている馬だと、海外では調教メニューを変更せざるを得ません。たとえば、傾斜が不十分な調教コースなら、距離を延ばすか、平坦コースでより強く追うかといった対策が考えられます。そのさじ加減をきちんと調節するのは、海外遠征が豊富な厩舎でないと難しい。その点、フォーエバーヤングを管理する矢作厩舎は日本一といっていい海外遠征ノウハウがありますから期待できます」
矢作師は、フォーエバーヤングの父リアルスティールでドバイターフを制覇。その後、豪州や香港、そして米国でもGⅠ勝利実績がある。その米国では、ブリーダーズCが行われた日にラヴズオンリーユーがフィリー&メアターフを、マルシュロレーヌがディスタフを勝利する快挙で、マルシュは日本馬初のダート国際GⅠ勝利だった。「世界の矢作」なら調整のさじ加減に不安はないだろう。
マンダリンヒーロー前哨戦②着はレベルUPの証し
もうひとつ重要なのは、馬の遠征適性だという。
「調整の工夫で触れたように、海外の遠征先で十分な負荷を加えるには、場合によっては日本より多い運動量が必要なこともあるため、タフな精神力と脚元が丈夫であることが求められます。凱旋門賞制覇にあと一歩のところまで迫ったオルフェーヴルは、そういった条件を満たすうえに、スタッフの技術も高いものがありました。それであのような結果を出せたのではと思います。今回、フォーエバーヤングはサウジからUAEに渡り、どちらも勝利。しかもUAEでは、サウジよりパフォーマンスを上げていますから、環境が変わっても大丈夫であることがうかがえます。それに加えて、ブリーダーズCを勝っている矢作調教師ですから、今回の挑戦はチャンス十分なのです」
昨年は、南関東大井所属のマンダリンヒーローが渡米して、ケンタッキーダービーの前哨戦サンタアニタダービーでハナ差②着。本番は⑫着に敗れたが、地方馬でもダートの本場で十分戦えることを示す挑戦にエールが送られた。
「マンダリンヒーローを生産した平野牧場は北海道新ひだか町にある小さな牧場ですが、馬主からは良質な競走馬を生産することで知られています。そんな小さな牧場の生産馬があれだけの活躍をしたのは、日本馬のレベルアップを裏づける何よりの証拠。もし今回、勝つことができなくても、ケンタッキーダービーやブリーダーズカップクラシック、さらには凱旋門賞といったまだ手が届いていない国際GⅠを日本馬が制するのは、時間の問題でしょう」
ブックメーカーでの3番人気もちょうどいい
なるほど、マルシュロレーヌは、フレンチデピュティの肌にオルフェーヴルという配合で、デビューは芝だった。今後はダートも芝も、馬の適性に合わせてどこの国のGⅠをターゲットにするかで矛先が変わってくるという。
「マルシュロレーヌのダート適性を見抜いた矢作調教師の眼力の鋭さは、パンサラッサのサウジC挑戦にもよく表れています。そういうことはほかにもあって、スルーセブンシーズの凱旋門賞挑戦もしかり。国内ではGⅠどころか、GⅢの中山牝馬Sを勝っただけで、凱旋門賞は④着と差のないところまで追い上げています。馬の適性を見極めれば、国内でGⅠ未勝利でも、適性次第で海外のGⅠに手が届くくらい日本馬のレベルは上がっているのです」
そんな、各国の伝統のGⅠとなると、周りのマークが厳しくなるというが……。
「日本馬が世界中で活躍しているせいか、ある米国人馬主が日本馬のケンタッキーダービー参戦について排外的な内容をSNSに投稿したことが少し前に話題になりました。そういう人がイライラするのは、日本馬を無視できないからこそでしょう。今回フォーエバーヤングが米国内の前哨戦を勝っていたり、1番人気での参戦だったりすると、『日本馬だけには勝たせまい』とマークがより厳しくなったかもしれません。その点でも今回は、サウジ→UAEからの参戦で3番人気あたりと、極端には警戒されにくい。フォーエバーヤングをめぐる周辺の状況的にも、チャンスだと思います」
発走は日本時間5日午前7時57分。米国では「スポーツの中で最も偉大な2分間」と呼ばれる熱戦の末に先頭でゴールするのはどの馬か。チーム矢作の手腕に注目だ。