(先週、掲載したこのコラムに一部、ミスがありました。お詫びとして、今週は完全版を掲載します)
同じ福島県の出身であり、馬主さんを含めた食事会などで何度もご一緒させていただいた大江原哲調教師。今回、新潟馬主会のゴルフコンペで同じ組で回らせていただきました。
他には昨年このコーナーにもご登場いただいたボンネビルレコードの塩田オーナー、そしてもうお一人はオリエンタルの冠名でもお馴染みの棚網オーナー。最も緊張するはずのゴルフコンペも、おかげさまでとっても楽しくあっという間に時間は過ぎてしまいました。
ゴルフの最中はいろんな話をさせてもらいましたが、びっくりしたことがあって「え?」と思わず聞き返したことがありました。
それは来年で大江原さんが定年で調教師引退だということ。「そうだよ。オレ、今度の2月で終わるんだよ」。またまた「マジっすか!」と返してしまいました。
そこで今回、これまでの競馬人生、残りわずかな中でどう思うのか聞いてみたいと思い、取材をお願いしてみました。
「競馬人生55年だよ。いろいろあって苦しい時もあったけど、うん、楽しかったよ」。まずはそんな言葉で振り返ってくれました。騎手として、そして調教師として。初めての騎乗となったレースは今でも鮮明に覚えているとか。それに初勝利も。
「今考えたら吉永正人さんとか野平祐二さんとかと一緒にレースやって勝ったんだもんな」と、感慨深い様子。と、こんな感じで原稿を書き進めていたら、大江原さんからメールがありました。
「今思い返すとジョッキー時代の思い出プチ自慢は1000勝以上の調教師から勝ち星をいただいた(尾形藤吉、藤沢和雄、藤本冨吉、松山吉三郎、稲葉幸夫、松山康久の6人。敬称略)。俺が古い人だからのことだよね。多分、誰もこのメンバーからは勝ってないと思うよ」。
すごい!懐かしい名前もあれば我々からすれば伝説の……と前置詞がつくようなビッグネームまで。もうひとつ、なにがすごいかといえば、私の電話取材を受けてくれただけではなく、終わった後も気にかけてくれてメールにまで記してくれたこと。人柄の良さが滲み出ています。
さて、大江原さんといえば障害のイメージが強いという方も多いと思います。騎手として障害を135勝しています。今の障害界についてはどう思っているんでしょうか。
「情けない」と意外な言葉が真っ先に出てきました。
というのも、障害ジョッキーがまず少ないこと。少ない競走の倍率が下がって優先的に乗れるケースが出てくる。つまりライバルが少ないということ。「俺らの頃は忍ちゃん(星野忍元騎手)がいて、俺の弟もいて(大江原隆元騎手)、うまい騎手がいっぱいいた。俺もとにかくかっこよく乗りたいって考えて乗ってたよ。姿勢も崩さず、自信満々で『どうだ!俺うまいだろっ』ってみんなのお手本になるように心がけてた」。かっこよくだけじゃなくて、うまくないとダメだしね」。
いいライバルがいたからこそうまくなろう、かっこよく乗ろうと切磋琢磨していたそうです。
中でも星野忍さんという存在は大きかったようで、何度も話に出てきました。「忍ちゃんの勝率、連対率、③着内率、全部すごかったもん。俺もひとつはトップとったことあるけどね」。「忍ちゃんが、いいアドバイスしたりするんだけど、今のジョッキーはそれにあまり耳を貸さないんだよね。いいこと言ってくれてんだけど、いや時代が違うなんて言ってね。ホントはもっと利用すればいいのに」。
今は「うまいジョッキーはいるけど、他とはちょっと差がついちゃってるかな」と分析します。なかなか耳の痛い話ではありますが、〝もっと盛り上がってほしい〟と障害界を思うからこその先輩の言葉です。現在、障害界、いえ競馬界のアイドルホースの一頭でもあるオジュウチョウサンについては「やっぱり強いよね」。と認めつつ、「今のシステムだから何回も勝てるんだよ」とも。
「以前は、大障害とか勝つたびに2㌔増だったんだよ。だから2回勝てば4㌔増。そうなるともう勝てなくなっちゃうんだよね。せいぜい2回までだった。今はそういうことないからね」。そうなんですね。いろいろ勉強になります。
大江原さんは先輩として、〝もっと障害界が盛り上がってほしいと願っているんだな。だからこそあえて厳しい意見もあるんだ〟と感じます。
ところで、私は大江原調教師のことを当然のように「大江原さん」と呼ぶことが多いのですが、こんなふうに呼ばせてもらうこともあります。
「Hey!ビル!」。トレセンでも競馬場でも見かけたらまず、「Hey!ビル!」。そうするとニコーっと笑って右手をあげて近づいてきてくれます。
ある食事会で大江原さんのチャームポイントの話題になり、「それはやっぱりその分厚いくちびるだよー」と盛り上がったことがありました。
唇が厚いから「ビルアツ」。それが大江原さん自身もとても気に入ってくれたようで、「今度からビルって呼んでよ」と気さくに話してくれたのでした。以来、大江原さんは「ビル」になったのです。
先日のゴルフでもポケットからゴルフボールを取り出して、「このボール、ダースで買ったら名前入れてくれるサービスがあって、入れてもらったのよ」とニコニコして話すので、「いいサービスですね。何?大江原って入れてもらったの?」と見せてもらったらしっかりと「ビルアツ」と書かれていました。
「いいだろ?」と満面の笑み。思わず私も大爆笑!もうホントに楽しい方です。
自身はもうすぐ引退となりますが、これから競馬界に入ってくる存在もあります。それが大江原比呂さん。騎手を目指す、大江原さんのお孫さんです。女性の騎手候補生としても入学時は話題になりましたね。
騎乗技術に関しては「きのうよりきょう、きょうよりはあすって日々上達は見えるよ」。楽しみでありながら、複雑な思いもあるようで…。
「うまくなってほしいのはもちろん。うまくならないとどんどん能力に差がついちゃうから。でもうまくなればなるほど、ジョッキーはスレスレのところを狙っていくようになる。ジョッキーは危険な仕事でもあるから。ちょっとした動きで落馬することもある。安全にって考えたら外回ってくればいいんだよ。でもそれじゃ勝てない、やっぱりうまくならなきゃ」。
腕を上げれば危険も高まる。競馬とはまさに危険と隣り合わせの厳しい世界。そこに身を置くことについての心配と楽しみと両方があるようです。
比呂さんは藤田菜七子騎手に憧れてジョッキーを目指したそう。「菜七子が女性ジョッキーの今の形を作ってくれた」と語る一方で、「でも憧れは超えていかないとね」。
また、こんな言葉も。「今は恵まれてるよ。リーディング上位のジョッキーに質問すればみんなちゃんと答えてくれるんだから。俺の頃は近づくことすらできなかったもん」。所属厩舎も本当によくやってくれているようで、とても感謝しているよう。このあたりでも時代の移り変わりを感じます。
今年は今村聖奈騎手がデビューして早くも45勝(10月23日現在)。どんどんと道を切り拓いていってくれています。それに刺激されるように他の女性騎手も頑張っていますね。順調なら再来年に騎手デビューとなる比呂さんも先輩たちに続く活躍を見せてほしいですね。
長い競馬人生にピリオドを打つ。そう考えればどうしてもしんみりとした感情が出てくるものです。「もう思い残すことはないな」とキッパリと語ってくれました。
しかし大江原さんと話すと同郷だからこそ感じる、耳馴染みのいい話し方と相手を楽しませようとしていることが滲み出ていて、とても楽しくほんわかした気分になります。
また定年とは思えない若々しさ。ゴルフの際も軽やかに走ってボールを探しに行ってくれたり、何よりスタイルをキープしているところがすごい。お腹はこれっぽっちも出てないし、ポロシャツの上からでも、〝結構、筋肉質なんじゃない?〟と想像できるほど。休憩中の食事もセーブしているのを見て、「ダイエットしてるんですか?」と冗談まじりできいたのに、「オレ、ベストは58㌔なんだよ。だからそれ以上にならないように」と真面目な答え。「え? 58㌔?」。やばいと思ったのは私です(笑)。
さすが元ジョッキー。騎手を引退してもう27年にもなるのに、ストイックに自分を管理できるなんて。やると決めた時の覚悟は勝負の世界で生きている人は違うんだなあと感心します。私こそ頑張んなきゃと思ってしまった時間でした。
残りは約3カ月。その間にまた「Hey!ビル!」と声をかける日が来てほしいものです。
まだコロナによる取材規制が続いていることで、私もなかなかお会いできる機会がありません。
「大丈夫だよ、引退してからも競馬場とかいく機会もあるだろうし、一緒にゴルフできることあるだろうしね」。「そうですね、ゴルフの時はちゃんとビルアツのボール持ってきてくださいよ!」「わかったよ(笑)」。
本当に最後まで楽しい時間となりました。実際会えるのが競馬場なのかトレセンなのか、それともどこかのレストランになるのか。その時は満面の笑みで「ビルーっ!」と声をかけたいと思います。ちゃんと右手をあげて、「おう!」と笑って返事してくださいね♪
競馬キャスター
テレビ東京の「土曜競馬中継」などでリポーターを務め、競馬サークルに幅広い人脈をもつ。YouTubeの「日刊ゲンダイ競馬予想」で武田、大谷記者とともに出演。また、毎週水曜には「目黒貴子のアツアツ交遊録」を連載中。