トレセン記者 記憶の名馬たち

怪記録を打ち立てた〝無事じゃない〟是名馬 ダンスインザモア

公開日:2019年7月4日 17:00 更新日:2019年7月11日 14:26

 東西トレセンを駆け回るゲンダイの現場記者たちはそれぞれ担当厩舎を抱えている。長年取材を続ける中、記録だけでなく記憶に残る名馬との出会いも。厩舎関係者とともに、その懐かしい足跡をたどってみる。第2回は美浦・大谷記者の忘れられないあの馬――。

「馬っぷりはすごく良かったけど、筋肉が全然伴ってない状態で入ってきて。でも、速いところをやり始めたら、イメージしている時計より1、2秒速くなる。“あれ? いいんじゃない”って思ったんだよね」

 04年秋、ダンスインザモアが入厩してきた当初を担当の三尾助手が振り返る。

 その感触通り、12月5日の中山で蛯名を背に新馬勝ちを決めた。

 しかし、手放しでは喜べなかった理由も。

「攻め馬では大丈夫だったけど、競馬の後に正義さんが“ちょっとノドが鳴るな”って」

 そんな不安を抱えながらも、3歳春のスプリングSを快勝。春2冠に駒を進めたが⑧⑭着と結果を残せず、ダービー後にノドの手術が施された。

 復帰後は重賞で善戦するものの、勝ち星を挙げたのは5歳1月のオープン特別・ニューイヤーSだけ。

 さらに、2度の長期休養を経て、「エビ(屈腱炎)やら股関節やら、満身創痍」で8歳に。既に古豪と呼ばれるようになっていた。

 秋初戦の富士S⑬着をたたいて臨んだのが福島記念。12番人気の低評価だったが、「急激に状態が上がってきて、あのレースの前後だけは異常に良かったんだよね」。

 何と最後方から福島の短い直線で大外一気が炸裂。スプリングS以来の重賞2勝目を挙げた。5年8カ月ぶりの重賞Vはそれまでメジロマイヤーが持っていた4年11カ月を大幅に更新。「ほぼ破られることはないでしょう」と三尾さんも胸を張るJRA記録だ。

 その後も11戦走り続けたが、白星はなし。結局この福島記念勝ちが最後の勲章になった。
「10歳1月まで走ったからね。無事じゃないけど、無事是名馬だったよ(笑い)」

 500キロを超す黒鹿毛の好馬体は今でも印象に残る。番記者として7年以上も取材を続けた、忘れられない一頭だ。 (美浦・大谷剣市)

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