17年に開業した青木調教師とは、厩務員として美浦トレセン・成島厩舎へ来た04年からの長い付き合いになります。
出会った当初からはっきりと「調教師になります」と言うほど志の高い人物でしたが、より一層、その意を強くしたのは伊藤正厩舎へ転厩してネヴァブションという馬を担当してからでしょうか。
ブション(師はこう呼ぶので)は重賞3勝(07日経賞、09、10年アメリカJCC)の活躍馬。ですが故障も多く、その苦労は計り知れないものでした。
「放牧に出さない厩舎ということもあって、治療中は毎日馬と会話していました」という日々は心休まることがなかったのでしょう。だからこそ、2度目のアメリカJCC制覇時に、人目をはばからず大号泣した心中は容易に察せられます。
今週の中山大障害に出走するマイネルグロンは今春の中山グランドJ⑥着後に右前深屈腱炎を発症。箇所が箇所だけに再起できるか心配でしたが、関係者の懸命なケアによって戦線へ復帰。前走は平地戦を使って息と体を整えて、本番であるここへ臨んできました。
「調整は極めて順調です。1週前はメンコを外して併せ馬。意識的に気持ちが乗るように。ええ、いい感じに仕上がってます」
調整過程はスムーズだったよう。そこで少しいじわるな質問をしてみました。
「ブションの時と同じように復活したら、また泣いちゃうかな?」
すると、こんな答えが返ってきました。
「どうでしょう。もう個人的な問題ではないですからね。いろんな人の顔が浮かぶと思いますよ。牧場は自分がトレセンに入る前にお世話になったところだし、ケアをしてきたスタッフたちのことも……」
出会った頃と志の高さは変わらずとも、表情は“指揮官”のものになっていました。
グロンが先頭でゴールを切った瞬間、師が安堵と、大任を果たして満面の笑みを見せてくれることに期待をこめて◎を打ちます。
「ベガはベガでもホクトベガ!」
93年エリザベス女王杯でホクトベガが①着でゴールに飛び込んだ瞬間の実況です。当時、浪人生でフラフラしていた自分にとっては衝撃的であり、今でも予想の根底に根付いています。
ベガはバリバリの良血馬で鞍上が武豊。牝馬3冠にリーチをかけていました。対して、ホクトベガは父がダート血統でベテランの加藤和を配したいぶし銀のコンビ。春2冠でベガに大きく後塵を拝したホクトベガに勝ち目はなさそうでしたが、見事にリベンジ。この“逆転劇”こそが競馬の醍醐味ではないでしょうか。
かつて作家の寺山修司氏は「競馬が人生の比喩なのではない、人生が競馬の比喩なのである」と評したそう。馬も人も生きている間はいつかの大逆転を狙っています。雑草でもエリートを超えるチャンスはあるはずと、きょうもトレセンを奔走しています。