人間味、親近感 番記者の新居が語る国枝師の実像(1)

公開日:2026年2月25日 14:00 更新日:2026年2月25日 14:00

 アーモンドアイなどを管理した国枝調教師がいよいよ今週末で定年を迎える。最終週は最大15頭がスタンバイしている。長年、国枝番として交流してきた新居記者がその実像に迫る。

「オレはいい加減だからさ。うまく書いといてくれや」

 これが口癖だった。気取るところはなく、世間が抱いている国枝調教師の像とはちょっと乖離しているかもしれない。

 JRA通算1121勝の名伯楽の実像は人間味や親近感があふれる方だった。

 4歳上の藤沢和雄・元調教師を追い掛け続けてきた調教師人生。「フジさん」と呼んでいた偉大なる大先輩は〝剛腕〟〝辣腕〟で勝利を重ねてきたが、国枝師は順応性豊かに〝しなやか〟に渡り歩き、同じく勝利を積み上げてきた。

 前任者の異動により、国枝厩舎担当の記者となったのは07年秋から。以降、18年6カ月もの長い年月を毎週、取材を通して、師のみならずスタッフとも幾重にも言葉を重ねてきた。

 まず、代表されるのは同じ牝馬3冠である2頭。アパパネは〝栗東留学〟をメインにして達成したのに対して、8年後のアーモンドアイは直前輸送で臨んだこと。この背景には調整法や牧場との連携が強まった点があるのだが、師が従来の考えに固執せず、柔軟に対応した賜物だろう。実績があるだけに、これはなかなか簡単にできることではないが、それをやってのけるのだから、懐の深さは計り知れない。

金子真人オーナーとの出会いとともに厩舎が躍進

 時代の波に乗る感覚やバランスにも長けていた。

 金子真人オーナーとのつながりのきっかけも普通ではない。米国のセリに行った際、ホテルのトイレで吉田勝己氏と隣になった際の会話から始まった。それがヌレイエフ産駒ブラックホークだ。

 この馬が厩舎のGⅠ初勝利を成し遂げ、金子オーナーとの関係が深まり、ソルティビットからアパパネ、アカイトリノムスメとGⅠ馬へつながっていった。金子オーナーは2歳になってから所有する馬の預け先を自ら決めるだけに、師は走る馬を手繰り寄せた運を〝持っていた〟とも言える。

 また、切っても切れないのがノーザンファーム。牧場が成長して大きくなるのと同じように、厩舎の勝ち星も伸ばしていった。GⅠ22勝、GⅠ馬10頭のうちノーザンファーム絡みが5頭で17勝。生産牧場別ではノーザンファームが断然の314勝、次いで社台ファームが191勝という数字を残している。

 柔軟に対応しながら、時代の流れに乗って行ったのは間違いないところ。

 馬の使い方も無理はせず、不安やトラブルがあれば躊躇なく自重することも。師は自らを「いい加減」と言うが、逆に言えばきっちりし過ぎない、いい意味での緩やかさ、大らかさがあった。それが厩舎内にも浸透。そして馬へと波及しているのは確かだろう。

 時にはJRAにも苦言を呈していた。職員には煙たがられたものの、根底には〝ファンのために〟があったから。

 明日は馬について、さらに深堀りしてみたい。

新居哲

 馬とは関係のない家庭環境で育った。ただ、母親がゲンダイの愛読者で馬柱は身近な存在に。ナリタブライアンの3冠から本格的にのめり込み、学生時代は競馬場、牧場巡りをしていたら、いつしか本職となっていました。
 現場デビューは2000年。若駒の時は取材相手に「おまえが来ると負けるから帰れ!」と怒られながら、勝負の世界でもまれてきました。
 途中、半ば強制的に放牧に出され、05年プロ野球の巨人、06年サッカードイツW杯を現地で取材。07年に再入厩してきました。
 国枝、木村厩舎などを担当。気が付けば、もう中堅の域で、レースなら4角手前くらいでしょうか。その分、少しずつ人の輪も広がってきたのを実感します。
「馬を見て、関係者に聞いてレースを振り返る」をモットーに最後の直線で見せ場をつくり、いいモノをお届けできればと思います。

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