〈126〉アーモンドアイ、イクイノックスなどのシルクレーシング代表・米本昌史さん(1)
公開日:2026年10月14日 14:00 更新日:2026年10月14日 14:00
初めて会った頃は不動産の仕事をしていた米本さん。ある時競馬場で〝あれ? なんでいるんだろう?〟と思っていると、あれれ。えーーっ!「めちゃ偉くなってる!」と長い間競馬に携わっている中でも指折りの驚きでした。
飲み友達だった米ちゃんは、しばらくぶりに会った時はすでに有限会社シルクレーシングの代表となっていたのです。
「全然偉くない、偉くない」と笑う米本さん。
今回快諾をいただいて事務所にお邪魔する時はなぜだかとても緊張して、汗びっしょり。「何、緊張してるんですか?」。とにこやかに登場した米本さん。つい話が面白くて思った以上の時間をいただくことになりましたが、得るものはとても多い時間でした。
米本昌史さん。もともと不動産開発の仕事に携わっていました。都市部の開発を企画し、さまざまな専門分野に発注、そのプロジェクト全体を動かしていくという大きな任務についていたのです。
「正直、その仕事は僕にとって天職だと思っていました」。しかし、少しずつ翳りが見えてきます。リーマンショック、そして東日本大震災。天塩にかけた自分にとっては子供のような物件が自分のところから離れていく。その現実は米本さんの気持ちにも影を落としていきます。そこで転職もと考えた時に最も上位に考えたのがノーザンファームでした。
ご存知の方も多いと思いますが、米本さんの奥さまはノーザンファーム代表・吉田勝己氏の次女・晃子さんです。結婚当初はまだ不動産の仕事でした。しかしやはり牧場に行ったりと次第に馬と関わる時間も増えていきます。
ある時、こんな会話がありました。
キャロットファームの前代表・秋田博章さん。長い間ノーザンファームの重要な役割を果たされてきた方。仕事ぶりを見ていると平日は北海道の牧場で。週末になると東京、中山はもちろん、関西の競馬場へも足繁く通う日々。「秋田さん、そんなに忙しくしていて大変じゃないですか?」。すると「昌史くん、こんなにドキドキワクワクできる仕事ってないんだよ」と、にっこり答えたそうです。
その当時、秋田さんは60台半ば。「あの年齢の人があんなにうれしそうに話すんですよ」。新鮮な驚きだったようです。秋田さんは米本さんから見てもとても若々しく感じていたそうです。
そして奥さまに転職の相談をします。
(続きは10月21日に更新)



























