あの馬は今こうしている

2011年新潟記念覇者ナリタクリスタル

公開日:2026年8月29日 17:00 更新日:2026年9月4日 11:06

 新潟記念は夏の新潟のフィナーレを飾るGⅢ。2010年と11年にその名物重賞を連覇したのがナリタクリスタルだ。14年のレースを最後に競走生活を終えると、リトレーニングを経て15年から新潟競馬場の誘導馬と乗馬として第2の馬生をスタート。新潟にゆかりの深い馬は、22年に誘導馬なども引退した。今、どうしているのか。

「新潟競馬場で順調に過ごしていたんだけど、腰を悪くしてね。そうなると、子供たちを乗せられないから、殺処分されそうになったんだ。でも、縁あって4年ほど前にウチで引き取らせてもらったんだ」

 こう言うのは、松原ステーブルス代表の松原正文さん(65)だ。新潟空港から車で北におよそ40分。日本海まで2キロほどの胎内市築地原にある養老牧場だ。牧場の一角にはキャンプ場もある。馬も人ものびのびと過ごせるエリアだ。松原さんに話を聞いた。

 殺処分のピンチを乗り越えたのは何よりだ。現在20歳。腰のほかに悪いところはないのか。

「1頭でいることを好むから、放牧は1頭のみ。天気などを見て条件がよければ、日光浴がてら2~3時間です。左後肢の動きがぎこちなくて、放牧しても歩いたり、走ったりすることはなく、じっとしてることがほとんどだね。それ以外は馬房でのんびりしてる。でも、脚元も内臓面も問題なく、カイバは残すことなくキレイに食べる。食欲は旺盛だね」

 新潟のアイドルホースだけに、開催中は見学に訪れるファンが少なくないそうだ。

「ウチは当日でも連絡をいただければ見学OKで、料金は無料だから、本州の競馬ファンは結構遠くからいらっしゃいますよ。この前は埼玉と和歌山の方だったかな。ただし、1頭でいるのが好きだから、無理に触ろうとしたりすると、『やめろ』と噛んだりする。それも自己責任でお願いしています」

 17年にシンザン記念を勝ったキョウヘイのほか道産子や木曽馬、ミニチュアホースなど18頭がいる。殺処分寸前で引き取った馬がほとんどだそうだ。

「北海道日高生まれで、父が馬を使って山から木を運ぶ仕事をしていたので、自宅で馬を育てていたんだ。馬の扱いに慣れていたこともあり、15歳で新潟県競馬の関係者に誘われて騎手になり、調教師にもなった。でも、勝てない馬が殺処分されるのがつらくてね。競馬場の廃止が決まったときは、特にきつかった。行き場を失って700頭が殺処分されたから。それで、馬が余生を過ごせる場所を必ずつくりたかったんだ。ここを開いたのは、2005年だね。殺処分を一頭でも減らしたい」

 それから20年あまり。ほぼ一人で馬の世話をしながら、イベントにも参加。一般の人も馬と触れ合える機会を提供している。

 サラブレッドの生産頭数はバブル期の1992年に1万3000頭近くに上昇すると、停滞する経済の影響で減少に転じた。最近は再び上昇カーブを描き、昨年は10年連続の増加で8236頭まで回復した。生産頭数が急拡大しているだけに、松原さんのような活動がより重要性を増している。

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