平成競馬の裏と表

【平成10年】武豊ダービー初制覇とあの大オーナーの重賞初V

公開日:2019年3月7日 17:00 更新日:2019年3月7日 17:00

 来週金曜、3月15日に50歳となる武豊。今では“レジェンド”とまで言われる彼が、この年に初めてダービーを制した。そう、スペシャルウィークである。当時、29歳。20代最後の騎乗でダービージョッキーの称号を手にした。

 すでに数々のGⅠを勝ち、天才の名をほしいままに。それでもダービーだけはなかなか美酒を味わえなかった。

 初騎乗はデビュー2年目、昭和63年のコスモアンバー。「何もできないまま」で⑯着だった。翌年のタニノジュニアスは⑩着。平成2年には皐月賞馬ハクタイセイの手綱を任されたが⑤着止まり。

 最も悔しい思いをしたのが8年のダンスインザダーク。“ついに勝ったか”と思われたところをフサイチコンコルドの強襲に遭い、首差②着に惜敗……。

 10回目の参戦となったスペシャルウィークでは、それまでの鬱憤を晴らすかのような5馬身差のぶっ千切りを演じてみせた。さらに翌11年はアドマイヤベガで、ナリタトップロード、テイエムオペラオーとの“3強決戦”を制し、ジョッキーとして史上初の連覇を達成。どちらも父はサンデーサイレンスである。

 怪物種牡馬の席巻と同時に、10年からは北海道でセレクトセールが始まった。

 それまで競走馬の取引は庭先がほとんど。トレーニングセールなどは存在したが、セレクトセールにはサンデー産駒が上場されるとあって大盛況。実際、当歳セールで、1億9950万円の最高値がついたアドマイヤセレクトから、13位のイサオヒートまでがSS産駒。この中には1億3650万円の母サトルチェンジの牡馬もいた。のちのマンハッタンカフェである。

 セールの主役といわれたオーナーが“アドマイヤ”の冠の近藤利一氏、“フサイチ”の関口房朗氏、そして、金子真人氏。1億超えは7頭。そのうち近藤氏が2頭、関口氏、金子氏が1頭ずつだった。

 いずれもダービーオーナーになったが、中でも馬主として最も後発なのは金子氏。初めて重賞を勝ったのはブラックホークでのダービー卿CT。この年のことである。
  (水、木曜掲載)

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