平成競馬の裏と表

【平成8年・9年】空前のマル外ブームと蹴散らしたサンデーサイレンス

公開日:2019年3月6日 17:00 更新日:2019年3月6日 17:00

 平成8、9年はGⅠが一気に4レースも増えた。8年がNHKマイルC、高松宮杯(当時)、秋華賞で、9年がフェブラリーSである。9年には年間20レースに(今年は平地で24レース)。

 特にNHKマイルCをみると、競馬史の移り変わりを感じさせる。第1回は出走馬18頭のうち、14頭が外国産馬。いわゆるマル外で、結果はタイキフォーチュンが制し、掲示板どころか⑧着まで独占。しかも、千六1分32秒6という破格のスピード決着には驚かされた。

 ここから14年の第6回クロフネまでマル外が連続V。当時はダービーに出られなかったことから、“マル外ダービー”とも呼ばれた。

 この頃はまさに外国産馬の時代。

 元年にJRA全レースでマル外の勝利数はわずか23だった。ところが、5年に137と3ケタの大台に乗り、その後も209、336と年を追うごとに増加。8年は456、9年には569にまで。500台は12年まで4年間続いた。

 GⅠだけでも8年は前記タイキフォーチュンのほかに秋華賞=ファビラスラフインが。9年に至ってはNHKマイルC=シーキングザパール、高松宮杯=シンコウキング、安田記念=タイキブリザード、マイルCS、スプリンターズS=タイキシャトル、朝日杯3歳S=グラスワンダーと勝ちまくり。

 クラシックや天皇賞には出走できなかった時代。それを考慮すると、とてつもない多さと言えよう。

 だが、同じ時期にノシ上がってきた種牡馬があのサンデーサイレンスだ。

 7年にわずか2世代で100勝を挙げてリーディングトップに立った怪物。皐月賞=ジェニュイン、オークス=ダンスパートナー、ダービー=タヤスツヨシと初年度産駒から大ブレークしていた。

 外国産馬は輸入するのに関税が340万円ほどかかるほか、空輸の費用が保険や人件費を含めて200万から400万といわれる。つまり、馬代金の他にも多くのお金がかかる。

 サンデー産駒により日本馬が大幅にレベルアップしたとなれば、マル外ブーム終焉は当然の流れだった。

  (水・木曜掲載)

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