平成8、9年はGⅠが一気に4レースも増えた。8年がNHKマイルC、高松宮杯(当時)、秋華賞で、9年がフェブラリーSである。9年には年間20レースに(今年は平地で24レース)。
特にNHKマイルCをみると、競馬史の移り変わりを感じさせる。第1回は出走馬18頭のうち、14頭が外国産馬。いわゆるマル外で、結果はタイキフォーチュンが制し、掲示板どころか⑧着まで独占。しかも、千六1分32秒6という破格のスピード決着には驚かされた。
ここから14年の第6回クロフネまでマル外が連続V。当時はダービーに出られなかったことから、“マル外ダービー”とも呼ばれた。
この頃はまさに外国産馬の時代。
元年にJRA全レースでマル外の勝利数はわずか23だった。ところが、5年に137と3ケタの大台に乗り、その後も209、336と年を追うごとに増加。8年は456、9年には569にまで。500台は12年まで4年間続いた。
GⅠだけでも8年は前記タイキフォーチュンのほかに秋華賞=ファビラスラフインが。9年に至ってはNHKマイルC=シーキングザパール、高松宮杯=シンコウキング、安田記念=タイキブリザード、マイルCS、スプリンターズS=タイキシャトル、朝日杯3歳S=グラスワンダーと勝ちまくり。
クラシックや天皇賞には出走できなかった時代。それを考慮すると、とてつもない多さと言えよう。
だが、同じ時期にノシ上がってきた種牡馬があのサンデーサイレンスだ。
7年にわずか2世代で100勝を挙げてリーディングトップに立った怪物。皐月賞=ジェニュイン、オークス=ダンスパートナー、ダービー=タヤスツヨシと初年度産駒から大ブレークしていた。
外国産馬は輸入するのに関税が340万円ほどかかるほか、空輸の費用が保険や人件費を含めて200万から400万といわれる。つまり、馬代金の他にも多くのお金がかかる。
サンデー産駒により日本馬が大幅にレベルアップしたとなれば、マル外ブーム終焉は当然の流れだった。
(水・木曜掲載)