平成競馬の裏と表

平成4年<2>ノーザンテースト首位陥落で血統勢力図が変わる

公開日:2019年2月14日 17:00 更新日:2019年2月14日 17:00

 昭和後半から平成初期にかけて、種牡馬のトップといえばノーザンテーストだった。

 昭和50年に社台グループが輸入し、57年には長く君臨していたテスコボーイを退けて日本のリーディングサイアーに。そのノーザンテーストを引きずり下ろしたのがリアルシャダイ。そう、ライスシャワーの父である。

 この年の重賞勝ちは菊花賞のみで、全72勝中、未勝利勝ちが30という珍しいリーディング。とはいえ、長距離タイプにしては勝ち上がり率が高い点が人気だった。

 リアルシャダイは父がロベルト、その父がヘイルトゥリーズン。のちにこの系統であるブライアンズタイム、サンデーサイレンスが大成功を収める。その原点がここ。

 結局、1位はこの1年だけ。5、6年は再びノーザンテーストが返り咲くものの、一度でもその牙城を崩したというのは大きな意味があった。

 新しい時代を感じさせた一方、2月には昭和32年にデビューした“鉄人”増沢がムチを置き、調教師に転身。

 通算勝利数は2016で、岡部に抜かれるまで歴代1位。初めて1万回騎乗を達成(昭和61年)したのも増沢だ。

 引退時は54歳。今、現役最年長の柴田善が52歳だから、その凄さが分かるというもの。

 とにかく逃げがうまいジョッキーだった。その騎乗スタイルから小回りの福島が大得意で「増沢の庭」と言われたほど。秋のGⅠシリーズでも裏開催の福島で乗ることは多かった。

 もうひとつ、唯一無二なのは、昭和52年に40歳で初めて関東リーディングを取った超遅咲きということ。この時点ではまだ1000勝に到達しておらず、あとの14年ほどで全勝ち鞍の6割に当たる1200勝近くを稼いでいる。

 昨今はジョッキーが減少し、引退→転身が早まっている。こんな遅咲きはまず現れないだろう。

 53歳になった平成2年には年間100勝をマーク。今年3月で50歳になる武豊は、果たしてこの記録を塗り替えられるだろうか。

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