平成競馬の裏と表

平成2年<2>スプリンターズSがGⅠ昇格も肝心の路線整備は…

公開日:2019年1月31日 17:00 更新日:2019年1月31日 17:00

 競馬ブームが頂点を極めたこの年は、実はいろいろな変化があった。

 近年はインターネット投票が主流だが、マークカードによる馬券発売が東京競馬場とウインズ後楽園で試験導入されたのが4月。また、札幌競馬場に芝コースが完成し、札幌記念もダートから芝二千メートルに替わっている。

 GⅠでも画期的な出来事がいくつか。

 3歳戦(当時の表記、今の2歳)では朝日杯3歳Sをリンドシェーバーが千六1分34秒0の日本レコードで勝利。マルゼンスキーの記録を14年ぶりに更新したのは大きな話題となった。

 また、同日の京都で施行された阪神3歳Sでもイブキマイカグラが1分34秒4のレコードV。前年にはジャパンCでホーリックスが2分22秒2の驚異的な時計で勝ったことも重なり、この頃から芝のレースは少しずつ高速化の傾向が見られる。

 しかも、リンドシェーバーの勝利は時代のさきがけでもあった。

 というのも、この馬は米国産の(外)。グレード制導入後としては2例目となる外国産馬のGⅠ勝利(第1号は86年宝塚記念のパーシャンボーイ)で、これがきっかけになってのちに(外)が一気に増加した。

 スプリンターズSがGⅠに昇格したのもこの年だ。今とは違い、有馬記念の1週前に行われ、1番人気の武豊バンブーメモリーが直線で一気に伸びて優勝している。

 しかし、GⅠはできても、肝心のそこに至る短距離路線は整備されていなかった。他に3歳限定戦を除く芝千二の重賞は3月のダービー卿CT、6月のCBC賞、9月のセントウルSだけ。短距離王決定戦なのに、前走も千二の馬は3頭のみ。実際はマイルCS組の再戦の様相が強かった。

 現在、もうひとつある千二のGⅠ高松宮記念は当時、二千のGⅡだった。まだ名称は高松宮杯で、GⅠ昇格は6年後のことだが、平成2年の優勝馬がバンブーメモリーというのは何とも面白い。

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